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第16章 山の子、海で言葉を失う


第三部「霧の降り口、稲のはじまり」

第16章 山の子、海で言葉を失う

海は、言葉を削る。声を大きくしても届かず、理屈を並べても波に溶け、ただ潮の匂いだけが、胸の奥に残る。——山の子はそこで、初めて黙り方を覚える。

火の章のあと、硯の水はしばらく温度を戻さなかった。灰の匂いは、紙より先に指に残る。指に残った匂いは、次の頁をめくるたび、ほんの少しだけ黒くなる。

ナガタが、鼻先を擦りながら言った。

「……次は海か」「海だ」私は頷いた。墨を摺る手を、少しだけ軽くする。火の黒から、潮の黒へ。同じ黒でも、匂いが違う。

「火の次に海って、極端だな」ナガタは苦笑した。「この国は極端の間に暮らしがある」私は答えた。「火があるから米が蒸せる。海があるから塩ができる。塩があるから米がうまい。——どっちも欠けると、生活が痩せる」

ナガタは紙束をめくり、異伝の端を叩く。

「出た。海幸と山幸。兄弟喧嘩」「喧嘩、というより、すれ違いだ」「同じじゃん」「違う」私は硯の水面を見た。水面は静かで、けれどその静けさは川の静けさではない。川の静けさは“底が見える静けさ”だ。海の静けさは“底が見えない静けさ”だ。

「山と海は、同じ“水”を見ていない」私は言った。「山の水は道を作る。海の水は境界を消す。境界が消えると、人の言葉も消える」

ナガタが眉を寄せる。

「言葉が消える?」「海は、説明が通じない場所だ。潮が来るから来る。引くから引く。——理由は、空にある」私は筆を取る。「だから山の子は、海で言葉を失う」

ナガタは半分呆れた顔で言った。

「また詩みたいなこと言う」「詩じゃない。潮汐表だ」

ナガタが吹き出しそうになって、こらえた。

「潮汐表を神話にするな」「神話は、だいたい潮汐表みたいなものだ」私は小さく笑い、最初の一行を置いた。

——火遠理命、山に遊び、火照命、海に遊ぶ。

火照(ほでり)は、海の匂いを持っていた。

匂いは肌に残る。海の匂いは塩の匂いだ。塩は乾かす。乾いた肌は、陽に強い。火照は、陽に焼けた腕で、黙って海を見ているだけで“海の側の者”に見えた。

火遠理(ほをり)は、山の匂いを持っていた。

山の匂いは土と葉の匂いだ。湿り気がある。湿り気のある肌は、風に敏感だ。火遠理は、風の向きで獣の気配を読む。匂いの強い世界で生きている者は、目より鼻の人になる。

兄は海。弟は山。同じ父母から生まれたのに、匂いが違う。

匂いが違うと、道具も違う。

兄の手には釣針がある。釣針は小さい。小さいのに、暮らしを支える重さがある。釣針の先は鋭い。鋭いのに、魚を殺すためだけにあるのではない。魚と人の間の“約束”を結ぶためにある。約束を結ぶ道具は、小さくても尊い。

弟の手には弓がある。弓は張る。張るという行為は、迷いを減らす。迷いが減った矢は、獣に届く。届いた矢は、冬の鍋になる。鍋になるものは、暮らしの匂いになる。

兄弟は、互いの道具に憧れた。

憧れは、隣の匂いに弱い。自分の匂いに慣れてしまうと、違う匂いが“自由”に見える。自由は、責任の匂いを隠す。

火遠理が言った。

「兄よ、釣針を貸してくれ。我も海に出てみたい」

火照は、口の端を少しだけ上げた。

「ならば、弓を貸せ。我も山に出てみたい」

——一書曰く、互いに道具を替ふ。

道具を替える、というのは軽い言葉だ。だが暮らしの道具は、持ち主の体温を記憶している。体温を記憶した道具を他人に渡すのは、少し怖い。怖いのに、若い兄弟はそれを“遊び”だと思う。

火遠理は、釣針を受け取る。

指先に、冷たい硬さが伝わる。釣針の冷たさは、剣の冷たさと違う。剣の冷たさは“分ける”冷たさだ。釣針の冷たさは“引き寄せる”冷たさだ。引き寄せるものは、いつだって少し残酷だ。

火遠理は海へ出る。

海は、道がない。

山には道がある。獣道がある。尾根道がある。道があるということは、風土が人に少し譲っているということだ。海は譲らない。譲らないから、海は美しい顔で怖い。

波が、足首を撫でる。

撫で方が優しい。優しいものほど、油断を育てる。油断は、足元を奪う。奪われた足は、言葉も奪われる。

火遠理は釣針を投げる。

——だが魚は、山の獣のように従わない。

魚は、気配を読めない。魚は風を読まない。潮を読む。潮は、山の子の胸にない時間割だ。

朝、波が引く。昼、陽が刺す。夕、潮が満ちる。夜、海が黒くなる。黒くなる海は、星を映すが、底を映さない。底を映さないものは、約束を飲み込む。

火遠理は、釣針を投げ続ける。

投げて、引いて、投げて、引いて。何度も繰り返す。繰り返しは得意なはずだ。山の狩りも待つ。だが海の繰り返しは、山の繰り返しと違う。山は、待てば獣が来るときがある。海は、待っても来ないときがある。来ない理由が見えないから、心が削れる。

削れた心は、焦る。

焦った手は、釣糸を乱暴に引く。乱暴に引いた瞬間——

手の中が軽くなる。

釣針が、消えた。

消えたというより、海が持っていった。海は持っていった理由を言わない。言わないから、言葉が喉で詰まる。

火遠理は海に向かって叫ぶ。

叫んでも、波は同じ顔で返す。同じ顔で返すものに、言葉は刺さらない。刺さらない言葉は、すぐ疲れる。

火遠理は、砂を掘る。

指が痛い。痛い指で砂を掘っても、釣針は出ない。釣針は砂ではなく、海の時間に沈んだ。

火遠理は、周りの釣師に尋ねる。

他人の釣針を借り、魚を釣り、釣針を確かめる。確かめる釣針は、どれも違う。違うということは、兄の釣針が唯一だったということだ。唯一だったものを失うとき、人は初めて“責任”を覚える。

火遠理は、山へ戻る。

戻り道の匂いが、さっきより重い。重い匂いは、背負うものが増えた匂いだ。

火照は、弟を見て、すぐに分かった。

釣針がない。

釣針がない手は、暮らしの手ではない。暮らしの手ではない手を見た瞬間、兄の胸が硬くなる。硬くなった胸は、怒りの形になる。

「釣針を返せ」

火照の声は短い。短い声は、海の声だ。海の声は情けを混ぜない。混ぜると塩が薄まる。塩が薄まると魚が逃げる。

火遠理は言う。

「失った」

言った瞬間、空気が冷える。冷えるのは、冬だからではない。“取り返せない”が言葉になったからだ。

火照は、弟の言葉を受け取らない。

受け取らない、というのも海の癖だ。海は、落ちたものを返さない。返さない海に暮らす者は、返さない約束で生きる。

「失ったなら、探せ。探して返せ。それができぬなら——」

火照の言葉の続きは、喧嘩の匂いを持つ。喧嘩の匂いは、家の中に残る。残る匂いは、国を痩せさせる。

火遠理は、懸命に探した。

鍛冶に頼み、釣針を作らせる。——千本、あるいは五百本。針が増えるほど、弟の焦りが増える。

——一書曰く、千の針を作りて与ふ。

釣針は増える。だが増えた釣針は、兄の釣針ではない。兄の釣針が持っていたのは、形ではなく“暮らしの癖”だ。癖は、数では埋まらない。

火照は言う。

「いらぬ。我が釣針を返せ」

この“いらぬ”が、海の厳しさだ。海の厳しさは、人を育てるが、同時に人を傷つける。傷ついた人は、時々、山へ逃げたくなる。だが山へ逃げても、塩の匂いは指に残る。

火遠理は、ついに泣いた。

泣くのは卑怯ではない。泣くのは、言葉が尽きたときの作法だ。言葉が尽きると、人は水になる。水になった人は、川へ行く。川へ行く人は、海へ引かれる。

火遠理は、海辺に座り込む。

座り込んだ砂が、少し湿っている。湿り気は、いつだって境界に溜まる。境界に溜まる湿り気は、誰かを呼ぶ。

潮の匂いの中から、ひとりの老いた神が現れた。

塩椎神(しおつちのかみ)。

名が塩だ。塩の名を持つ者は、海の時間割を知っている。潮の満ち引き。魚の眠り。風の気まぐれ。そして、人の焦り。

塩椎神は言った。

「何を泣く」

火遠理は答える。

「釣針を失い、兄に責められ、返す術を知らぬ」

塩椎神は、しばらく海を見た。

見ている間、何も言わない。言わない間に、潮の音が答えを作る。海は、人より先に判断を持っている。

やがて塩椎神は言った。

「海の底に行け」

海の底。

その言葉は、火遠理の胸を冷やした。山の子にとって底とは、谷底か洞だ。だが海の底は、谷底のように歩いて行けない。歩いて行けない底に行けと言われると、言葉が消える。

火遠理は、口を開けたが、声が出ない。

出ない声の代わりに、潮の匂いが胸に満ちる。潮の匂いが胸に満ちると、呼吸が塩辛くなる。塩辛い呼吸は、泣くより先に黙る。

塩椎神は、黙った火遠理を見て、少しだけ頷いた。

「よい。言葉が消えたなら、海へ入れる」

海に入るには、言葉が少ないほうがいい。言葉が多いと、海は全部奪ってしまう。奪われる前に自分で手放す者だけが、海へ降りられる。

塩椎神は、小舟を作らせた。

舟の材料は、竹だったとも、木だったとも、一書により違う。だが重要なのは、舟が“軽い”ことだ。海に重いものを持ち込むと、海が先に持っていく。海は、軽さを好む。軽さは、風に乗るからだ。

——一書曰く、竹を以て筏を作る。——一書曰く、小舟を作りて送る。

火遠理は舟に乗る。

乗った瞬間、足元が揺れる。揺れは、潮のない波音からずっと続いている。だがこの揺れは、国生みの揺れとは違う。これは、底の見えない揺れだ。

塩椎神が、海へ押し出す。

押し出された舟は、戻れない。戻れないと知った瞬間、人は声を出したくなる。だが声を出しても、海は返事をしない。返事のない場所で声を出すと、声はすぐ疲れる。疲れた声は、喉を痛める。喉が痛むと、さらに言葉が減る。

火遠理は黙った。

黙ったまま、波を見た。波は同じ形を繰り返しているように見えるが、同じ波は一つもない。同じでないものが、同じ顔をしてやってくる。それが海だ。

日が傾く。

陽が刺さる。

刺さる陽は、山の木陰を知らない。木陰を知らない陽は、肌を容赦なく焼く。焼かれた肌は、塩の汗を出す。汗が塩辛くなるほど、海の匂いが自分の体に移る。

風が吹く。

風が吹くたび、舟は向きを変える。向きが変わるたび、道が消える。道が消えるたび、胸の中の地図がほどける。ほどけた地図は、言葉を失う。

火遠理は思う。

——山の道は、地形が教えてくれる。——海の道は、誰が教える。

答えは、潮だ。潮は地形の代わりに、時間を教える。時間は目で見えない。見えないものに従うのが、海の作法だ。

夜が来る。

夜は黒い。黒い海は、鏡のように星を映す。星が映ると、空と海の境が消える。境が消えると、自分がどこにいるのか分からなくなる。分からなくなると、言葉も分からなくなる。分からない言葉は、沈む。

火遠理の胸の中に、ひとつの静けさが生まれた。

それは諦めではない。海の静けさだ。海の静けさは、受け入れる静けさだ。

——海は、言葉を削る。——削ったあとに残るものだけを、持たせる。

朝。

朝の匂いがする。朝の匂いは、湿り気の匂いだ。湿り気が増えると、霧が出る。霧が出ると、遠くが白くなる。

白い霧の向こうに、何かが見えた。

木の影。屋根のような影。石のような影。影が重なって、宮の輪郭になる。

海の底の宮。

海神の宮。

火遠理は、舟を降りた。

足が地についた瞬間、膝が笑う。笑う膝は、生きている証だ。生きている証があるうちは、まだ進める。

宮の前に、木があった。

枝が広がり、葉が濃い。濃い葉の影が、地上の森の影に似ている。似ている影に触れた瞬間、火遠理の胸が少しだけ緩んだ。

木の傍らに、井戸があった。

井戸の水は、海の宮でも淡い。淡い水を見ると、人はつい喉を鳴らす。喉が鳴ると、久しぶりに言葉が戻りそうになる。

だが火遠理は、まだ言葉を出さなかった。

ここでは、言葉は慎重に使わなければならない。言葉は潮に流される。流された言葉は、相手に届く前に形を変える。

火遠理はただ、木陰に立ち尽くした。

そのとき——

宮の奥から、足音がした。

足音は軽い。軽い足音は、海の底でも沈まない。沈まない足音は、波ではない。生き物の足音だ。

足音の主が、井戸を覗き込む。

覗き込んだ瞳に、火遠理の影が映る。

影が映った瞬間、世界が息を止めた気がした。

ナガタが、ゆっくり息を吐いた。

「……海、怖いな」「怖い」私は頷いた。「でも怖いだけじゃない。海は言葉を削って、必要なものだけ残す。必要なものだけ残ったとき、人は誰かの影をちゃんと見られる」

ナガタは紙面の最後の行を指で叩いた。

「ここで止めるの、ずるい」「ずるいのが物語だ」私は言った。「次は“青に溺れる”章だ。海の宮殿の美しさと、帰れなくなる美しさを書く」

ナガタは小さく笑った。

「出雲の川がゆっくりだったのに、今度は青に溺れるのか。忙しいな」「忙しい国なんだよ」私は硯を静かに置いた。「火と水と風と霧の間で、いつも忙しい。忙しいから、祭がいる」

余白に、次の題を置く。

——第17章 海神の宮、青に溺れる。

 
 
 

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