第22章 矢の熱、血の砂――兄を送る浜
- 山崎行政書士事務所
- 2月11日
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第四部「道の骨、東の光」
第22章 矢の熱、血の砂――兄を送る浜
矢は、刺さった瞬間だけが痛いのではない。抜けないまま夜を越えると、その熱が、言葉を奪い、砂の色を変え、ついには「別れ」の形になる。
硯に水を注ぐと、墨の黒がいっそう深く見えた。道の章に入ると、黒が“線”になる。線になる黒は、やさしくない。やさしくない黒は、嘘を許さない。嘘を許さない黒で書くべきなのが――兄の死だ。
ナガタが、ため息の代わりに鼻を鳴らした。
「……殺すのか」「送る」私は言い直す。「殺すんじゃない。送る。浜で、ちゃんと送る」
ナガタは紙束をめくり、いかにも嫌そうに言った。
「これさ、地名がまた嫌な感じじゃん。“男之水門”って、なにそのマッチョ港」「マッチョ港で死ぬから、余計に切ないんだろ」「切なさの方向が変だよ」「変だから、この国っぽい」
ナガタは「一書曰く」の束をひらひらさせる。
——一書曰く、紀伊国の男之水門に至る。——一書曰く、其の処を血沼と号す。——一書曰く、竈山に葬る。
「血沼って……そのまんま過ぎない?」「そのまんまにするしかない色がある」私は墨を摺りながら言った。「血は、比喩になりにくい。比喩にすると嘘になる。嘘になると、浜が怒る」
ナガタは小さく笑って、すぐ真顔に戻った。
「じゃあ浜を書け。潮を書け。矢の熱を書け。――兄の体温が落ちるところまで」
私は頷いて、筆を取った。
——五瀬命、矢創(やきず)いたみて、紀伊の浜に至りて息絶えたまふ。
舟は退いた。
退くという言葉は、負けの匂いを持つ。だが潮の国の退きは、引き潮の匂いだ。引き潮は恥ではない。次に満ちるための作法だ。
海は何も言わない。
何も言わないまま、舟を紀の国へ回り込ませる。回り込む海の道は、直線ではない。直線で行くと、日と喧嘩する。日と喧嘩すると、影が薄くなる。影が薄いと、矢の意思が読めない。
だから回る。
回る道は遠い。遠い道は、血を冷やす。冷えた血は、痛みを長引かせる。
五瀬(いつせ)は舟の中で、肩を壁に預けていた。
矢が刺さったところが熱い。熱いのに、手足は冷える。熱と冷えが同居すると、人は現実の中にいるのに夢を見る。夢は、海の黒を青くしてしまう。青くなった海は優しい顔をする。優しい顔の海は、危うい。
五瀬は、弟――伊波礼毘古(いわれびこ)を見て、笑った。
笑い方が苦い。苦い笑いは、痛みの笑いだ。
「……よかったな」
「何が」伊波礼毘古が問うと、五瀬は空を見上げた。舟の上の空は、地上より広い。広い空は、余計なことを思い出させる。
「お前が、考えるやつで」
五瀬は続ける。
「俺は、矢を受けたら殴り返すことしか知らん。お前は、矢を受けたら……方角を変える」
方角を変える。
それは逃げに見える。だが方角を変えられる者は、負けの匂いを国の骨に変えられる。負けを骨にできる国は、折れにくい。
五瀬が小さく息を吐く。
吐いた息が白くならないのは、まだ彼が熱を持っているからだ。熱のある息は、湯気に似る。湯気に似た息は、家を思い出させる。家の匂いを思い出すと、戦の匂いが少し薄くなる。
伊波礼毘古は、五瀬の手を握った。
手のひらが、汗ばんでいる。汗は塩の匂いを持つ。塩の匂いが手に移ると、海の家族みたいだと思う。家族みたいだと思うほど、胸は痛い。
紀伊の浜が近づく。
浜の匂いがする。松の匂い。濡れた砂の匂い。岩の匂い。そして、潮の匂い。
潮の匂いは、誰の味方でもない。誰の味方でもない匂いの前では、言い訳がうすくなる。うすくなる言い訳の代わりに、本音が残る。
舟が浜へ着く。
波が、舟の腹を叩く。叩き方が優しくない。優しくない叩き方は「ここからは陸だ」と言っている。
五瀬は、浜の空気を吸った。
吸った瞬間、顔が少しだけ緩む。海の上の空気より重い。重い空気は、体を地に戻す。戻った体は、痛みを正確に感じる。正確な痛みは、終わりの匂いを連れてくる。
五瀬が言った。
「……ここで、いい」
「ここで?」伊波礼毘古の声が揺れる。
五瀬は頷く。
「俺は、ここまでだ。この浜は……いい匂いがする。男之水門って名前も、馬鹿みたいで好きだ」
言って、五瀬は少し笑った。笑いがあるうちは、まだ生の側にいる。だが笑いは、長く続かない。
五瀬は続ける。
「俺の血で、この浜が名を持つなら――それも、悪くない」
血で浜が名を持つ。
嫌な言い方だ。だが国の古い名は、だいたいそうやって付く。きれいな名だけで国はできない。きれいじゃない匂いを抱えた名があるから、次の世代が用心を覚える。
——一書曰く、其の処を血沼(ちぬま)と号す。
血が砂へ落ちる。
落ちた血は、すぐ砂に吸われる。砂は黙って吸う。黙って吸う砂は、責めない砂だ。責めない砂に触れると、人は泣ける。
伊波礼毘古の目が濡れる。
濡れた目から落ちる水は、塩を含んでいる。涙の塩と海の塩が混ざると、区別がつかない。区別がつかないと、悲しみが土地に溶ける。土地に溶けた悲しみは、名前になる。
五瀬は、最後に空を見た。
空の向こうに、東がある。東は眩しい。眩しい東に向かって死ぬのは、少しだけ格好がいい。格好がいい死に方をしたい、という欲が、人の最後には残る。
五瀬が、息を吐いた。
吐いた息は短い。短い息は、波の引き際に似ている。引き際がきれいな波は、浜を荒らしすぎない。荒らしすぎない別れは、残った者を歩かせる。
五瀬の手が、伊波礼毘古の手の中で軽くなる。
軽さは、死の匂いだ。軽くなった手は、もう握り返さない。握り返さない手を握り続けると、人は自分の体温で相手を起こそうとする。起きないと知っていても、起こそうとする。その無駄が、人の愛だ。
伊波礼毘古は、五瀬の額に手を当てた。
熱が、まだ残っている。残っている熱は、矢の熱だ。矢の熱は、悔しさの熱でもある。悔しさは、置き場所がないと暴れる。暴れた悔しさは、国を焦がす。
伊波礼毘古は、悔しさの置き場所を探す。
置き場所は――浜だ。砂だ。潮の線だ。
彼は、兄を浜へ寝かせた。
波の音が、急に遠くなる気がした。遠くなるのは波ではない。胸の中の音だ。胸の中の音が遠くなると、人は決意を口にしやすくなる。
伊波礼毘古は言った。
「兄の血を、無駄にしない」
“無駄にしない”という言葉は危うい。無駄にしない、と言う者は、ときどき無駄を増やす。だが今は、それでも言わねば立てない。
伊波礼毘古は続ける。
「日を背にする。影を読む。道を改める。そして――朝の国へ入る」
朝の国へ入る。
入るという言い方が、攻めるより柔らかい。柔らかい言い方は、国を長持ちさせる。国は、言い方でもできている。
葬りの場は、竈山(かまやま)だった。
竈。竈は、火の場所だ。火の場所に兄を送るのは、妙にこの物語らしい。
黄泉の火の櫛。産屋の火。そして竈の山。
火は、焼くためだけにあるのではない。別れを形にするためにもある。形にしない別れは、夜ごと胸を焼き直す。焼き直すと、人は眠れない。眠れない国は、立てない。
竈山の土は赤い。
赤い土は、火山の国の土だ。火山の土は怖いが、肥える。肥える土は、稲を呼ぶ。稲が立てば、死者も「無駄」ではなくなる。稲の匂いは、死者への返事になる。
人々は土を掘り、塚を作る。
土を盛る手つきは、祭の手つきに似ている。祭は生者のためだが、葬りは死者のためだけではない。残った者が、次の朝を迎えるための手順だ。
五瀬は、土の中へ入る。
入るとき、誰かが小さく泣いた。泣き声は小さいのに、山に反響して大きくなる。大きくなった泣き声は、海へも届く気がした。海は返事をしない。けれど返事をしない海に届く泣き声がある、という事実が、少しだけ救いだ。
伊波礼毘古は塚の前で黙った。
黙り方が、海神の宮の黙り方に似ている。言葉を削られた者の黙り方だ。削られた言葉のかわりに、胸の中で“道”がまた一本増える。
その夜、浜に潮が満ちた。
満ちた潮が、血の匂いを薄める。薄めるのに、消さない。消さないのが潮の意地だ。潮は、境界を消さずに動かす。動かすから、国は息をする。
——血沼。——男之水門。——竈山。
名が残る。名が残ると、足跡が残る。足跡が残ると、道が折れない。
私は筆を止めた。
ナガタが、しばらく黙ってから言った。
「……“血沼”って、やっぱり強いな」「強い」私は頷く。「強すぎて、笑えない。でも笑えない名があるから、笑える祭が必要になる」
ナガタは紙面の「竈山」を指で叩いた。
「竈、ここで拾うのズルいな」「ズルいのが伝承だ」私は言った。「火で始まって火で送る。島は火の上に浮いてる。だから物語も火を踏む」
ナガタが小さく息を吐いた。
「……で、次は熊野だな」「熊野だ」私は硯の水を替えた。今度の水は、少し冷たく感じた。熊野の水は、いつも影を含む。




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