第23章 熊野、雨が方角を隠す
- 山崎行政書士事務所
- 2月11日
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第四部「道の骨、東の光」
第23章 熊野、雨が方角を隠す
雨は、濡らすだけではない。方角を消し、輪郭を溶かし、「お前はどこへ行くつもりだ」と足元から問い返してくる。——熊野の雨は、問いの形をしている。
硯の水が、今日はやけに冷たい。冷たいのに、どこか重い。水の重さは、山の水の重さだ。海を越え、血を越え、火を越えたあとの道は、いよいよ山に飲まれる。山に飲まれると、言葉の湿り気が増える。湿り気が増えると、誤魔化しが効かなくなる。
ナガタが、紙束を抱えたまま言った。
「熊野ってさ……雨だよな」「雨だ」私は頷く。「熊野を書こうとすると、まず紙が濡れる気がする。実際は濡れてないのに、目が先に濡れる」
ナガタは鼻で笑った。
「目が先に濡れる、って、また詩」「詩じゃない。天気予報だ」「また潮汐表のノリで言うな」「熊野は天気予報が神話だ」
ナガタが異伝をぱらぱらとめくって、嫌そうに顔をしかめる。
「……ここ、面倒だぞ。“昏睡”とか“毒気”とか“熊”とか、バリエーションが多い」「多いから書ける」私は言った。「雨はひとつの形じゃ落ちない。降り方が違う。異伝も同じだ」
ナガタは、例の札をひらひらさせる。
— 一書曰く、熊野の荒ぶる神の毒気にあたりて、皆、眠る。— 一書曰く、大熊(おほくま)出でて、人を悩ます。— 一書曰く、高倉下(たかくらじ)夢に告げられて、剣を奉る。
「ほらな。寝る。熊。剣。夢。全部盛り」「全部盛りが熊野だ」私は墨を摺った。黒がゆっくり濃くなる。「熊野は“見えないもの”が多い土地だ。雨で見えない。森で見えない。影で見えない。だから夢が働く」
ナガタが眉を寄せる。
「夢で解決すんの、都合よすぎない?」「都合よく見えるのは、現実が都合悪すぎるからだ」私は筆を取る。「方角が消えると、理屈じゃ進めない。進めないとき、人は“降ってくる言葉”を待つしかない」
ナガタが、少しだけ真面目な顔になった。
「……兄を送った直後だしな。方向、失うよな」「失う」私は頷いた。「失った方向を、雨が外側からも奪う。――その二重の迷いが熊野だ」
最初の一行を置く。
——神倭伊波礼毘古命、紀伊を回りて、熊野の山に入らむとす。
熊野に入ると、空が低くなる。
低い空は、息を近くする。息が近いと、人の言葉は小さくなる。小さくなった言葉は、森に吸われる。森に吸われた言葉は返ってこない。返ってこないから、人は余計に黙る。
雨が降っていた。
霧雨ではない。ぽつぽつでもない。降る、というより、空気そのものが湿って落ちてくる雨だ。雨が落ちるとき、音は小さい。音が小さい雨は、体の中で鳴る。衣が重くなり、髪が肌に貼りつき、靴の中が冷える。冷えは、悲しみの親戚だ。
伊波礼毘古(いわれびこ)は、黙って歩いていた。
兄を竈山に送ってから、彼の歩き方は少し変わった。急がない。足を高く上げない。水溜まりを避けない。避けないのは乱暴だからではない。避けても意味がないと知ったからだ。
雨は、避けても濡らす。
避ける努力を見透かすように、熊野の雨は横から来る。上からだけでなく、横から来る雨は、方角を消す。どっちが東で、どっちが西か。どっちが山で、どっちが海か。「そもそも、お前は何を頼りに進んでいた」と、雨が問う。
供の者たちの顔が、少しずつ白くなる。
白くなるのは寒さだけではない。白くなるのは“迷い”の色だ。迷いは、目の焦点をずらす。ずれた目は、木の影に怯える。怯えが増えると、道の骨が軋む。
伊波礼毘古は、足を止めた。
止めた場所は、杉の根の脇だった。根は濡れて黒い。黒い根は、土にしがみつく。しがみつく姿は、国の始まりに似ている。国とは、しがみつく場所を決めることだ。
「……ここは、熊野か」
誰かが言った。誰だか分からない。雨は肩書きを剥ぐ。神だろうと人だろうと、濡れると同じ顔になる。同じ顔になると、逆に“人”が出る。
伊波礼毘古は言った。
「熊野だ。だから、焦るな」
焦るな、というのは命令ではない。頼みだ。頼みの言葉は、雨に吸われても、足元で濁って残る。濁って残る言葉が、仲間の膝を支える。
歩く。
歩くほど、森が濃くなる。濃くなる森は、方向を奪う。方向を奪われると、人は音を頼りにする。雨の音、葉の音、枝のきしみ、遠い川の音。
川の音がした。
熊野の川は、海へ行く川だ。海へ行く川は、どこか潮の匂いを早く持つ。潮の匂いは、海神の宮を思い出させる。思い出すと、胸が少し苦くなる。苦さは、戻らないことの味だ。
そして、苦さの中で、いちばん弱いところが露出する。
五瀬の空席。
空席は、雨に濡れない。濡れない空席が、いちばん冷たい。冷たい空席が、みんなの肩を少しずつ下げる。肩が下がると、視線が足元だけになる。足元だけになると、空が見えない。空が見えないと、方角が消える。
方角が消えたころ、空気の匂いが変わった。
甘くない匂い。苦い匂い。土が腐る手前の匂い。苔の匂いが濃くなり、喉の奥にひっかかる。
誰かがふらりと倒れた。
倒れる音は鈍い。鈍い音は、雨音の中でもはっきり聞こえる。はっきり聞こえると、恐さが一気に増える。
「……何だ」
倒れた者は眠っているようだった。眠っているのに、眠りの匂いがしない。眠りの匂いがしない眠りは、危ない。
もう一人、倒れる。
そしてもう一人。
倒れ方が、同じだ。同じ倒れ方は、病ではなく“当たり”だ。当たったのは矢ではない。見えない何かだ。
——一書曰く、熊野の荒ぶる神の毒気にあたりて、皆、眠れり。
毒気。
毒気は、目に見えない。見えないものは、雨の得意分野だ。雨は見えないものを運び、見えないものを濡らし、見えないまま胸の奥に入れる。
伊波礼毘古の瞼が重くなる。
重い瞼は、雨が落ちる速度で閉じていく。閉じていくと、方角が完全に消える。方角が消えると、世界はただ“湿り気”になる。湿り気だけの世界は、黄泉に少し似る。
「……くそ」
誰かが呻いた。呻きは言葉にならない。言葉にならない呻きは、森に吸われて消える。消える呻きの中で、伊波礼毘古は最後に一つだけ思った。
——道を改めたのに、道が消える。
そして、落ちた。
雨の中へ、ではない。雨と同じ高さの闇へ。
その夜、雨は降り続けた。
降り続ける雨は、森を濡らし続ける。濡らし続ける森は、音を吸う。音を吸う森の中で、人の“願い”だけが薄く残る。
願いは、眠っている者の胸から出る。口からではない。胸から出る願いは、言葉にならない。言葉にならない願いは、夢になる。
熊野の里に、高倉下(たかくらじ)という者がいた。
名が、倉だ。倉を名に持つ者は、蓄える者だ。蓄える者は、見えないものを信じる。米を信じ、塩を信じ、来年を信じる。信じる者の枕元に、夢は降りる。
高倉下は、夢を見た。
夢の中で、光が言う。
天照の光か。高御産巣日の言葉か。一書によって違う。違ってもいい。雨が降る理由が一つでないように、夢の主も一つでなくていい。
ただ、命令だけははっきりしていた。
「剣を持て。布都御魂(ふつのみたま)を持て。熊野の山中に伏す皇軍に奉れ」
夢の命令は、乾いている。乾いているのに、起きた後も消えない。消えない夢は、現実になる。
高倉下は跳ね起きた。
胸の鼓動が速い。速い鼓動は、雨に勝つ。雨は人を遅くするが、夢は人を走らせる。
彼は倉へ行く。
倉の扉は湿って重い。重い扉を開けると、古い木の匂いがする。古い木の匂いは、時間の匂いだ。時間の匂いの中に、鉄の匂いが混じると、なぜか背筋が伸びる。
布都御魂。
剣は、そこにあった。
もともとあったのか。夢で降ったのか。一書曰く、と書けばどちらでもいい。夢と現実の境界は、雨の日に薄くなる。
高倉下は剣を抱えた。
抱えた瞬間、剣が冷たい。冷たいのは、刃の冷たさではない。“目を覚ませ”という冷たさだ。眠りに勝つ冷たさだ。
高倉下は雨の中を走る。
走る足が泥を跳ねる。泥が跳ねると、現実が濃くなる。濃くなった現実が、夢を支える。
やがて、森の中の一団を見つける。
倒れている人々。眠っているようで、眠っていない。その輪の中心に、伊波礼毘古がいる。
高倉下は、声を張らない。
雨の中で声を張っても、森に吸われるだけだ。だから彼は、剣を掲げた。
掲げた刃が、雨を切る。
雨が切れるはずはない。だが雨の線が刃の上で一瞬だけ分かれて、光る。光った瞬間、森が息を止めた気がした。
高倉下は言った。
「これを、奉る」
言葉は短い。短い言葉が、雨の中で効く。
剣が、伊波礼毘古のそばに置かれる。
置かれた瞬間――空気が少し変わる。
毒気が消える、というより、毒気が“居場所を失う”。居場所を失うと、見えないものは薄くなる。薄くなると、人の瞼が軽くなる。
伊波礼毘古の指が動いた。
指が剣の鞘に触れる。
触れた瞬間、冷たさが胸へ上がる。冷たさが胸へ上がると、眠りの泥が剥がれる。剥がれた泥の下から、悔しさが出る。悔しさが出ると、目が開く。
伊波礼毘古が、目を開けた。
目を開けた視界は、まだ雨で白い。白いが、輪郭が戻っている。輪郭が戻ると、方角も戻る。
「……剣?」
声が出た。声が出るということは、黄泉に寄っていないということだ。寄っていないから、まだ歩ける。
高倉下がひざまずき、言う。
「夢に告げられ、これを持てと。布都御魂と申す」
布都。
音が、妙に乾いている。乾いた音は、濡れた森の中で目立つ。目立つ音は、指標になる。
伊波礼毘古は、剣を握った。
握った手に、さっきまでの無力がない。ないのは勇気が増えたからではない。「握るべきもの」ができたからだ。握るべきものがあると、足の裏が地を思い出す。
眠っていた者たちも、次々に目を覚ます。
目を覚ますと、皆、最初に同じことをする。雨を見上げる。雨を見上げると、自分が濡れていることに気づく。濡れていることに気づくと、生きていることに気づく。
伊波礼毘古は言った。
「……熊野は、俺たちを止める」
言ってから、少し笑う。
笑いは短い。短い笑いは、痛みの笑いだ。だが痛みの笑いが出るとき、人はもう折れていない。
「止めるが、殺しはしない。止めることで、作法を教える」
作法。
潮の作法。火の作法。そして雨の作法。
伊波礼毘古は、剣を立て、雨の中で言った。
「行く」
言葉は短い。短い言葉が、雨を割る。
だが――
雨はまだ、方角を隠している。
空は白い。太陽がない。日が背に来るかどうかも分からない。影が薄い。影が薄いと道が作れない。
そのとき、森の奥で、黒いものが動いた。
黒い翼。
雨の白の中で、黒だけがはっきり見える。見える黒は、道になる。道になる黒は、迷いを引っ張り出す。
——八咫烏(やたがらす)。
大きな烏が、一本の枝に降り立つ。降り立った枝が、しなる。しなった枝が、水を落とす。落ちた水が、土に線を引く。
線。
線ができた瞬間、伊波礼毘古の胸が少し軽くなる。
「……案内か」
誰かが呟く。呟きは雨に吸われるはずなのに、今日は吸われない。吸われないのは、黒い翼が“聞こえる場所”を作っているからだ。
烏が、首をかしげる。
かしげ方が、妙に人間くさい。妙に人間くさい仕草をするから、人はついていきたくなる。ついていきたくなるのは、烏が賢いからではない。烏が“雨を怖がらない顔”をしているからだ。
雨を怖がらない顔は、方角より強い。
伊波礼毘古は、剣を握り直した。
布都御魂。
眠りを切り、毒気の居場所を失わせた刃。そして今、黒い翼が示す道に、足跡をつけるための刃。
雨はまだ降っている。
降っているのに、もう違う雨に感じる。さっきまでの雨は“迷わせる雨”だった。今の雨は“隠しながら導く雨”だ。
熊野の雨は、意地が悪い。でもその意地の悪さは、土地が人を選ぶための意地だ。選ばれるためには、刃より先に、足の裏が要る。
足の裏が、湿った土を踏む。
踏んだ音は小さい。小さい音が、烏の翼音に混ざる。混ざった音が、道になる。
「……熊野、解けたな」
背後でナガタが言った。声が少しだけほっとしている。雨の章は、読む側の肺も湿らせる。
「解けた」私は頷く。「雨で迷わせて、夢で刃を渡して、黒い翼で道をつけた。熊野は“見えないものの段取り”がうまい」
ナガタは「布都御魂」の字面を見て顔をしかめる。
「これ、字が強すぎる」「強いから効く」私は言った。「雨に負けるときは、言葉も刃も強くないと起き上がれない」
ナガタが最後の烏のところを指で叩いた。
「で、次はこいつだな。黒い案内役」「次はこいつだ」私は硯の水を替えた。熊野の水は冷たい。けれど冷たい水は、朝の準備になる。




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