虚飾のCSR
- 山崎行政書士事務所
- 1月18日
- 読了時間: 7分

プロローグ:依頼されたサステナビリティ報告書
化学メーカーグリーンアーク社は、環境や社会に配慮する企業として世間に広くアピールしている。 全国的に大規模な工場を持ち、カーボンニュートラルを目指す看板を掲げ、毎年“サステナビリティ報告書”を公開していることで有名だ。国際的にも高い評価を受け、CSR(企業の社会的責任)活動の先進企業の一つだと目されていた。
そんなグリーンアーク社から、**行政書士・相馬 実花(そうま みか)**のもとへ一件の依頼が届く。 「弊社のサステナビリティ報告書の作成補助をお願いしたい。社内の環境データをまとめ、対外的に提出する書類の作成を任せたい」というものだ。 相馬は以前、小規模な化学工場の許認可業務を手がけた経験があり、環境分野に詳しいため声がかかったらしい。 「業界大手のCSR報告書を扱うなんて、キャリアアップに繋がるかもしれない」 淡い期待と同時に、どこか胸騒ぎもあった。大きな企業ほど、その裏で何を隠しているか分からない――相馬はそう悟っていたからだ。
第一章:過剰な美しい数字
相馬はグリーンアーク社のCSR推進室を訪れ、広報担当の柴山という女性と初打ち合わせを行う。 柴山は丁寧で、資料を山のように渡してくる。温室効果ガスの排出削減率や、工場排水のCOD(化学的酸素要求量)の改善、再生可能エネルギー活用率など……いずれも優良な数値が並んでいる。 「わあ、すごいですね、こんなに順調に達成しているなんて」 と相馬が言うと、柴山は微笑んで答える。「はい、私たちは本気でサステナビリティに取り組んでいますから」 しかし、相馬は報告書の草案を眺めているうちに、「どうも綺麗すぎる」と感じた。年度ごとに順調に数値が下降や上昇しているグラフがあまりにも理想的で、人為的に調整しているような匂いがする。 「もし数字を誇張していれば、それは粉飾に近い。けれど、証拠もなく疑うのは失礼か……」相馬は胸の中で呟(つぶや)くが、その違和感を無視できず、もう少し掘り下げることに決めた。
第二章:現地工場視察の要望
作成にあたって、相馬は「実際の工場を見学し、現場の雰囲気やデータを直接確認したい」と申し出る。だが、柴山は「コロナ禍で対策中なので、外部の方の工場入場は難しい」と難色を示す。 しかし相馬も粘り強く頼むと、上司と交渉してくれ、最終的に一部の工場のみ見学が許可される。ただし、本社に近い小規模な研究所で、汚染リスクの低い設備に限るという。 相馬はそれでも構わないと了承し、見学の日を迎える。 しかし、そこでは清潔な実験室と“モデルルーム”のように整えられたラインしか案内されず、実際の生産ラインには立ち入り禁止が多い。案内役の社員は「この先は社外秘です」と繰り返すばかりで、まともに実態を見せない。 相馬のモヤモヤはさらに増す。「これでは本当の実態が分からない。なぜこんなに徹底して隠すのか?」
第三章:データに潜む不正の兆候
広報室から渡された工場の環境測定データを分析していると、相馬は記載の一部に食い違いを見つける。例えば水質検査に関する記録で同じ日時に違う数値が二重に存在する。 さらに、温室効果ガス排出量を記録したファイルには、年度途中で大幅に数字が下がる不自然な箇所が。 これらを柴山に尋ねても「単なる記載ミスかもしれません。気になさらないで」と軽く言われ、修正を求めたら「今さら変更すると全社マニュアルと食い違う」と拒否される。 相馬は「これは内部でデータを改ざんしているのでは?」と推測するが、確証はない。ただ、こうした不明点が多いなら企業の表向きのCSR活動も怪しいものだ。 報告書の締め切りが迫る中、相馬は**上司からも『あまり深掘りせず、書類を形にしろ』**と圧がかかる。彼女は苦悩しつつも真実を知りたいという思いを抑えられない。
第四章:内部告発者との接触
そんな折、相馬の事務所に匿名の手紙が届く。 「グリーンアーク社のCSRは嘘だらけ。私は社内の人間。どうしても事実を伝えたい。もし興味があるなら連絡を——」 驚き、相馬がその連絡先を試すと、“K”と名乗る人物と繋がる。Kは社内の環境部門に所属し、会社のデータ改ざんを見てしまったらしい。だが、上層部の圧力で黙らざるを得ない状況という。 Kによると、工場のいくつかは実際には有毒物質を適切に処理せず流出させている。書類上は“高度処理”しているとしているが、大規模河川や下水道にこっそり排出している節がある。それゆえCSR報告書の数値は虚偽だらけ。 「こうした行為が続けば、住民の健康被害や環境破壊が起きるでしょう。でも誰も逆らえない。幹部たちは官庁や政治家との繋がりが強く、発覚しにくい仕組みを作っているんです」 Kは声を震わせて言う。「頼みます。あなたが外部から告発してほしい……」
第五章:危険な証拠収集
Kが関与する内部資料を一部持ち出してくれるとの提案があり、相馬はリスクを覚悟しつつも受け取ることを決意。 ある深夜、郊外の駐車場でKと密会。彼が差し出したのは「環境監査レポート」の原本と改ざん後のデータを比較したファイルだった。 これには、化学工場で実際の排出が基準値を大幅に超えていることや、サステナビリティ報告書の公表版とは全く異なる数字が並んでいる。「毒性の強い排水」を川に垂れ流している証拠だ。 相馬はKを励まし、「これは大きな犯罪だと確信しました。私も命がけでこれを世に出します」と誓う。その場を離れようとしたとき、黒い車が急スピードで近づき、Kは「逃げて!」と叫ぶ。 相馬はギリギリかわしたが、Kは連れ去られてしまう。
第六章:企業と官僚の結託、そして圧力
Kの安否を気にしながらも、相馬は入手した証拠を整理。これを表沙汰にすれば、グリーンアーク社の経営陣や利権を持つ官僚、政治家にも波及するかもしれない。 だが彼女が一部マスコミに接触すると、即座に企業から圧力がかかり、「根拠不明」として報じてもらえない。さらに身辺でも不審な尾行や脅迫が増え、「これ以上動くな」と警告が繰り返される。 彼女の上司も「大企業を敵に回すとウチの事務所はつぶれる」と言って協力を拒否し、相馬を解雇するとまで脅す。 つまり周囲は事実を覆い隠したがっている。 焦る相馬は最後の手段として国会議員の事務所を訪ね、環境問題を専門とする議員に相談。すると議員は興味を示すが、「大手化学の影響力は大きい。根拠が不十分なら我々も動けない」と慎重だ。
第七章:致命的汚染事件の発生
そのさなか、ある河川で魚の大量死が起こり、ニュースになる。調査の結果、「化学工場由来の有毒物質が原因かもしれない」と一部専門家が指摘。 マスコミがグリーンアーク社を疑うが、同社は「ウチの工場排水は適正処理している」と発表。 しかし、相馬は確信する。「これこそ私が掴んだ証拠と繋がるはずだ」 被害が拡大すれば地域住民の健康被害につながる。相馬は取材に来たテレビ局の記者にこっそり接触し、内部資料を見せる。「これが真相です」と。 記者は驚愕し、「これは大スクープだ」と食いつくが、上層部が放送を抑え込む可能性もある。相馬は覚悟の上で協力を求める。
第八章:告発と組織崩壊、そして新たな芽
最終的に、環境省の一部官僚と議員が動き出し、グリーンアーク社の工場に強制的な監査が入る。内部データと実際の排出水を比較され、不正が明るみに出る。改ざんがバレ、経営陣が責任を免れなくなる。 Kも警察によって救出され、会社の幹部が人質のようにKを拘束していたことが発覚。彼の証言も強力な内部告発として機能し、社長や幹部らは逮捕される。 さらに官僚や地元の政治家の収賄構造も露わになり、大きな政官スキャンダルに発展。テレビ局も追随報道を開始し、日本中で「サステナビリティの嘘」として騒然となる。 相馬は企業と行政の癒着に真っ向から切り込んだ形で、彼女自身は職を失うかもしれないが、多くの住民や環境NGOからは英雄的に賞賛される。 企業は事業停止処分を受け、上層部を一新。社名まで変えて再出発を図るが、その道は険しい。
エピローグ:理想と現実の交差点
事件から数か月後。環境省の幹部らも入れ替わり、厳しい監視体制が敷かれることになったが、制度的にはまだまだ抜け道が残ることを相馬は知っている。 相馬は小さな事務所を辞め、新たな場所で独立しようと決意。少しでも社会正義に貢献する行政書士になりたい――その思いを強くしながら、一人で小道を歩いている。 ふと空を見上げると、ビルの合間から淡い青空がのぞいている。サステナビリティという言葉は美しく響くが、その裏には企業の欺瞞(ぎまん)が潜むのが現実。しかし、決して全てが闇ではない、告発が実を結ぶこともある。 “いつの日か、CSR活動が本物の姿で根付くと信じたい” そんな儚い希望を胸に、相馬は足取りを前へと進める。 ここからが、彼女の新しい戦いの始まりだ——そう予感させる余韻を漂わせて、物語の幕は下りる。
(了)



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