top of page

虚飾の焦点 ―― 渦動の銀座II

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 13分



ree

プロローグ

リュクールの株主総会でFDGキャピタルの買収提案が否決されたあの日——銀座の夜は、拍手と溜息と、ほのかな安堵に包まれた。だが、それは一瞬の静寂にすぎなかった。ラグジュアリー業界の闇と欲望は、そんな敗北程度では収まるはずもない。ビジネスは再び動き始める。表舞台は華麗なショーウィンドウときらびやかなパーティーに彩られ、裏舞台では金と権力をめぐる濃密な駆け引きが絶えず続いている。そして、新たな波乱を告げるさざ波が、また銀座に押し寄せようとしていた——。

第一章:思わぬ余波

「はぁ……まさか、こんな動きが出てくるなんて」ブランドコンサルタント・三條岳士(さんじょう たけし)は、ブライテックス社のオフィスで届いたばかりの海外ニュースを見つめていた。記事の見出しには、「FDGキャピタル、今度はパリージャ本社への投資交渉を開始」 とある。「リュクールの次はパリージャか……。あいつら、諦める気はさらさらないんだな」FDGキャピタルによるリュクール買収が否決されたのは記憶に新しい。だが、彼らはすぐに次の獲物を探し、アプローチを変えてきたようだ。

「三條さん、これ見ました?」そこへ、パリージャ広報担当の白石が息を切らせながらオフィスへ駆け込んできた。「パリージャ本社の動きは早いですよ。もし“成長戦略”という名目で、外部資本を受け入れる流れになったら……」三條はモニターに映る情報を指し示しながらうなずく。「FDGキャピタルはパリージャを“華やかで先進的なブランド”と評価しているはず。モノトーンを基調とした洗練と、独創的なカラーリングを武器に、特に若い富裕層の支持を集めているからね。しかもリュクールより規模が小さいぶん、買収しやすい」白石は落ち着きを取り戻しながらも、不安そうに言う。「パリージャのCEOであるイタリア人のコスタ氏は、伝統よりも“革新的な拡大路線”を標榜するタイプです。そうなると……」「FDGキャピタルの狙いどおり、パリージャが彼らの資金に食いつく可能性が高い、か。そう簡単にはいかないと思いたいが……どうなるだろうね」

第二章:桐生レイカの決意

一方、銀座の外れにある小さなギャラリーでは、桐生レイカがリュクールのヴィンテージコレクションを期間限定で一般公開していた。かつての買収騒動で、ブランドの“真の価値”を多くの人々に伝えることができたのは、彼女のコレクションが果たした役割が大きかった。「レイカ様、本日の来場者数は予定を上回っています。ヨーロッパの美術館ともコラボの話が進みそうです」スタッフの報告に、レイカはやわらかく微笑む。しかし、そこへ入ってきた三條の表情は冴えなかった。「……パリージャが狙われているわけね」状況を説明し終えると、レイカは憂いを帯びたまなざしを天井へ向ける。「パリージャは“伝統”を重んじるリュクールとは少し立ち位置が違う。革新的でクールなイメージこそが強みだし、開放的な企業文化だから、外資資本を導入することに抵抗が少ないかもしれない」「そのぶん、FDGキャピタルの“合理化”はスムーズに進んでしまう危険がある」三條が苦渋の表情で答える。レイカは思考を巡らせるように目を伏せ、やがて静かに口を開いた。「パリージャがFDGキャピタルと手を結べば、短期的な利益は生むかもしれない。でも、ブランド本来のアイデンティティを失えば、長く続く価値は生まれない。そうなれば“消費のサイクル”に取り込まれ、結局は使い捨てられるだけ。……放っておけないわね」

第三章:誘い

そんな矢先、三條のもとに一通の招待状が届いた。差出人は「FDGキャピタル・ジャパン」。内容は「パリージャ新作コレクションのローンチイベント」に合わせたディナーパーティーへの招待だった。しかも、そこにはロバート・エヴァンスの名前が記されている。「またあの男か……」三條は以前、リュクール買収提案が否決された直後に冷酷な捨て台詞を残して去ったエヴァンスの姿を思い出し、胸の奥がざわつく。「目的はおそらく、パリージャCEOのコスタ氏と各業界要人を集めて、“FDGキャピタルによる提携案”を内々に取りまとめようとしているんだろう。そこに僕たちを呼ぶのは、単なる見せつけか、それとも……」レイカは招待状を眺めながら推測を巡らせる。「彼らが“前回の雪辱”を晴らしたいのかもしれない。あるいは、三條さんを取り込んで、コンサルとしてFDGキャピタルの味方に引き入れようとしている可能性もあるわ」「……どちらにせよ、出席しなければ状況がつかめない。行くしかないね」三條は意を決した表情を浮かべるが、その瞳には一抹の不安が見え隠れしていた。

第四章:ディナーパーティーの幕開け

ディナーパーティー当日。場所は都内有数の超高級ホテルのバンケットルーム。パリージャの新作コレクションがショー形式でお披露目され、財界や芸能界、ファッションメディアの関係者が一堂に会する。三條が会場に足を踏み入れると、すぐに白石が駆け寄ってきた。「三條さん、来てくださってよかった。社内では“FDGキャピタルとの提携に前向き”という声が急に増えていて……雰囲気が、なんだかおかしいんです」周囲を見回すと、パリージャ日本法人の幹部たちがずいぶん浮き足立っている印象がある。ラグジュアリーブランドの社員が持つ矜持というよりは、“大きな金脈”を前にして欲に目が眩んだような表情を浮かべている者すらいる。しばらくして、会場にロバート・エヴァンスが姿を現した。スラリとした長身に、派手すぎないが上質さを感じさせるスーツ。以前の傲岸不遜な態度は変わらず、彼は三條を見つけるなり薄く笑った。「三條さん、よくお越しくださいました。あなたのような有能なコンサルタントは、我々にとっても興味深い存在ですよ」「それはどうも。ですが、僕はあくまでブランド側の立場として、最適な戦略を考えるだけです」三條のやや突き放すような口調にも、エヴァンスは余裕の笑みを浮かべる。「なるほど。でも我々FDGキャピタルは、“ブランドの価値向上”こそが目的だ。短期的な利益だけを追うわけではない。あなたも私たちの提案を前向きに聞いてほしいな」

第五章:CEOコスタの野望

やがてスポットライトが会場を照らし、新作のファッションショーが始まる。流麗な曲線を描くバッグや、鮮やかなプリーツが印象的なシューズが次々と登場し、観客は魅了される。パリージャならではのミニマルかつ大胆なデザインが光っていた。ショーが終わると、パリージャのCEO・コスタが壇上に上がる。イタリア出身の彼はスピーチ慣れしているらしく、会場を巻き込む空気づくりが非常に上手い。「グラツィエ、レディス&ジェントルマン。パリージャは今、新たな飛躍のときを迎えています。さらに国際的な競争力を高めるため、我々は世界トップクラスのパートナーを必要としている」次の瞬間、コスタはエヴァンスの名を挙げ、FDGキャピタルの支援を“積極的に検討している”と公言した。会場からは拍手とざわめきが同時に起こる。「世界には無数のブランドが生まれ、消えていく。生き残るのは“革新”を止めない者だけだ。我々はそこで出会ったFDGキャピタルのビジョンに共鳴した。伝統を守るだけでは限界がある、ということだ」コスタのスピーチは堂々としており、まるで“改革者”のような熱気を帯びている。しかし三條は、その背後に“企業の魂”を省みない危うさを感じずにはいられなかった。

第六章:冷たい餞別

「どうやら、パリージャは本気でFDGキャピタルの金と手法を受け入れるつもりだな」ショー終了後、三條は会場の片隅でレイカと顔を合わせる。彼女もまた深刻そうな表情を浮かべていた。「パリージャの社員たちはまだ戸惑っているようだけど、CEOがここまで大々的に発表したら、もはや止まらないわね……」二人がそんな話をしているところへ、コスタ本人がやってきた。エヴァンスを伴っている。「やあ、三條さん。いつもパリージャをご愛顧いただいて感謝している。あなたのコンサルも素晴らしい。だが、正直に言おう。これからの時代は、伝統とクラフトマンシップだけでは勝てない。私たちにはFDGキャピタルのスピードと資金力が必要だ」「CEOコスタ、あなたはパリージャのブランドらしさをどう考えているんです? 本当に変わらず守れると?」レイカが鋭く問いかけると、コスタは一瞬だけ目を細めた。「レイカさん、噂は聞いています。あなたはブランドの情緒的な価値を信じている。私もそれは否定しませんよ。ただ、ビジネスを拡大してこそ、ブランドは世界で影響力を持つことができる」エヴァンスが付け加えるように言う。「パリージャの“個性”はさらに磨かれ、世界中の人々に届くようになります。効率化はあくまで手段。最終的に誰もがハッピーになるのです」まるでセリフを読み上げるかのような冷たい調子に、三條は思わず反論しかけるが、それを見たコスタは胸ポケットから名刺サイズのカードを取り出し、差し出した。「これを機に、パリージャのコンサルもFDGキャピタル公認のグローバルマーケティングチームへ任せる話が進んでいる。つまり、ブライテックスや三條さんには、もう用がないということだ。悪く思わないでくれ。ビジネスなんだよ」

第七章:苦い撤退

「なんてこった……」ディナーパーティーを後にした三條は、レイカとともにタクシーで銀座の街を走りながら呟く。「FDGキャピタルが仕掛ける手は早いわね。コスタを巧みに煽って、今まさに“乗っ取り”とも言える動きを加速させている。でも、あんなに堂々と発表されてしまうと、外部の私たちにできることは限られてしまう……」レイカの言葉は冷静だが、悔しさを滲ませていた。「パリージャはリュクールほど“伝統”を武器にしてきたブランドじゃない。むしろ改革者のイメージを大事にしてきたから、FDGキャピタルの“スピードと資金”という言葉が魅力的に映ってしまうのも無理はないんだろう。だけど……」三條は頭をかかえる。「結果的にパリージャの“芸術性”や“独創性”が工業製品レベルまで効率化されてしまうのは目に見えてる。だけど、今の状況だとCEOコスタを説得するのは難しい」タクシーが止まったのは、銀座のメインストリートが見渡せる一角だった。車を降りると、夜の風が肌を撫でる。「こんなところで引き下がっていいのかしら、三條さん?」夜のネオンに照らされたレイカの横顔には決意の光が宿っている。「……放っておくわけにはいかないよ」三條もまた力強くうなずいた。

第八章:反撃の芽

翌日、三條は早朝からリュクール銀座本店に向かった。店長の神崎や橘社長に事情を説明し、パリージャ危機への協力を仰ぐためだ。「リュクールとしても他社の買収に口を出す立場じゃありませんが、同じラグジュアリーブランドの一員として、FDGキャピタルのやり方は見過ごせないところはあります」橘社長は真剣な表情で頷く。「パリージャとのコラボ企画など、少なからず互いにシナジーがあった。もし彼らが外資の巨大資本に飲み込まれてしまえば、銀座全体のラグジュアリー市場に影響が出るのは必至。……私も何らかの協力は惜しまないつもりです」

同じ頃、レイカはパリージャの有力顧客たちにコンタクトを取っていた。これまで築いてきた人脈をフル活用し、“パリージャの魅力はどこにあるのか”を再確認する場を作りたい、と提案しているのだ。「FDGキャピタルの手法が、本当にパリージャを良い方向へ導くのか。顧客もファンも、まだ納得していないわ。もし“声”をきちんと集めれば、CEOコスタの独断を止められるかもしれない」レイカの行動は、まるで“顧客たちによる反撃”の火種を起こそうとするかのようだった。

第九章:噂の亀裂

そんな中、思わぬ噂が業界を駆け巡る。「FDGキャピタル、実はパリージャの一部工場を極秘リストラ対象にしている」 というのだ。「効率化の名のもとに、大量解雇や、これまで大切にしてきたサプライヤーを切る可能性がある。さらに、デザイン部門も再編し、より大量生産に向いたモジュール化を狙っている」このリーク情報を手に入れた三條は、愕然とする。「パリージャはファッションと革製品の融合で“職人工房”を大事にしてきたのに……。そこが削られたら“らしさ”なんて一気に失われるじゃないか」「FDGキャピタルは最初こそ“投資と成長”をアピールするけれど、最終的にはコストカットで利益を爆上げし、ブランドを再編して高値で転売する手法が常套手段……。やはり今回も同じパターンね」レイカはメモを手に、険しい表情を浮かべる。「この情報をどう生かすか……パリージャ内部に警鐘を鳴らすきっかけになるかもしれないわ。まだ間に合うかもしれない」

第十章:希望と光

三條とレイカは最後の賭けに出ることにした。パリージャの大口顧客や職人たちを集める場を設け、FDGキャピタルによる買収がもたらす真のリスクを共有するためだ。「CEOコスタがどこまで聞く耳を持つかはわからない。でも、きっと“顧客”と“現場の職人”が一丸となった声は、彼にとって無視できないはず」レイカの提案に、三條もうなずく。「さらに、その場にリュクールの橘社長や、エレスの重役たちも呼ぼう。“業界全体”の声として、パリージャが失うものの大きさを示すんだ」

夜、銀座のビルの最上階にあるイベントスペース。大人だけの秘密めいた集まりが行われ、華やかな装飾は抑え気味に、シンプルな照明だけがゲストを照らしていた。職人たちは実際に小型の作業台を持ち込み、パリージャのアイコンであるバッグの製作工程の一部を披露する。型取り、ステッチ、金具の取り付け……手仕事の緻密さが目に見えて伝わる。それを囲むように集まった富裕層やファッション評論家たちは、見慣れたはずのブランド品が「たった一つの芸術品」であることを改めて思い知る。「こんな手間ひまがかかっているのか……」「大切にする理由がよくわかったわ。これが単なる“効率化”で壊されるのは、あまりにも惜しい」

そこへ、招かれていたコスタが現れた。彼は無言のまま製作工程に見入り、職人たちが紡ぎ出す“パリージャの魂”を静かに見つめている。「……コスタさん、これはあなたが築いてきたパリージャの姿の一部です。どうか思い出してほしい」レイカの言葉に、コスタは目を伏せた。その横で三條が、“FDGキャピタルが極秘に進めているリストラ計画”の資料を差し出す。「これが彼らの真の狙いです。短期的に利益を上げるために、多くの職人やサプライヤーが切り捨てられる可能性が高い。パリージャの独自性はどうなる?」コスタは言葉を失ったまま、資料に視線を落とす。やがて、職人の一人が差し出した真新しいバッグ。そこにはどこかぎこちないステッチがありながらも、その誠実な手仕事が感じられる。「CEO、どうか、この仕事を守ってほしいんです」若い職人の震える声が響く。

静まり返った会場の中で、コスタの胸の奥で何かが揺れ動いたかのようだった。彼は深く息をつき、やがて静かに口を開く。「……私が目指した“革新”は、職人を否定するものではなかったはずだ。いつの間にか資金と拡大の話だけが先走ってしまっていた。もしFDGキャピタルのやり方が、パリージャの魂を殺すものなら、再考しなければならない」

その言葉に、会場の人々から安堵の溜息が漏れる。FDGキャピタルとの“提携計画”は白紙に戻るかもしれないが、少なくともパリージャの魂は守られる。——だが、これで全てが解決したわけではない。ロバート・エヴァンスやFDGキャピタルは、また別の形で攻め込んでくるだろう。巨大資本の論理は簡単に止まるものではない。それでも、レイカや三條、そして業界の人々は諦めない。ラグジュアリーは、ただの金儲けだけで回っているわけではない。そこにあるのは人間の情熱と誇り——。銀座の夜景に淡く照らされながら、三條は夜風に向かって呟く。「今回もギリギリのところで踏みとどまった。だけど、まだ“渦”は収まらない。俺たちはこれからも、本物の価値を信じて戦っていくしかないんだろうな……」

夜の銀座は、相変わらず煌々と明かりを放ち、ショーウィンドウの眩い光が人々を誘っている。この街では、欲望と理想、伝統と革新、誇りと金銭の論理——あらゆるものが交錯し、衝突し、そして時に調和する。“渦動”はさらに深まる。誰もが巻き込まれながら、新たな価値を問い続けるしかない。それが、銀座という舞台が宿命づけられた“虚飾の焦点”なのだから。

終わり —

コメント


bottom of page