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静岡鉄道ミステリー~最終章~

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月28日
  • 読了時間: 26分


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第十六話 「割れた針の先」

 静岡鉄道沿線を騒がせた“連続時計異常”事件は、ついに大森専務への強制捜査へと踏み込んだことで、大規模な会社ぐるみの不正が表面化しつつあった。 偽装された工事契約の数々、下請け業者を利用した資金洗浄、さらには“沖田”という謎の存在による裏工作。 これらの証拠が次々と押収され、大森専務も「山根を直接殺すつもりはなかった」と弁明しながらも、不正に関わっていたことを認め始めている。 しかし、刑事・浜口修一はまだ納得しきれないでいた。—被害者・山根豊が駅で命を落としたあの瞬間、本当に“偶然”だったのか? あるいは“意図的な殺意”が加わっていたのではないか?

捜査本部に戻る安堵と疑問

 大森専務を連行した後、浜口と捜査一課の面々は県警本部へと戻ってきた。家宅捜索によって得られた膨大な資料は、今後の取り調べや裁判で決定的な役割を果たすだろう。 「お疲れさまでした、浜口さん」 部下の村瀬がコーヒーを差し出し、安堵の表情を浮かべる。 「これだけ証拠が揃えば、会社の不正はほぼ立件できるでしょう。山根さんが追いかけていた“真実”は明るみに出ました。あとは司法の場で裁かれるのみ……」

 だが、浜口は苦い顔をして一気にコーヒーをあおる。 「会社の不正が暴かれたのは一歩前進だ。だが、山根が本当に“偶然”倒れただけなのか、どうも腑に落ちない。筧も大森専務も、口をそろえて『殺意はなかった』と言っているが、それで済むほど単純じゃない気がするんだ……」

山根の検死記録、再検討

 ふと、浜口の頭に浮かぶのは、山根が倒れた際の“検死結果”だ。死因は急性心不全の疑いとされたが、監察医は念のため“外部的要因を完全には否定できない”と付言していた。 しかし、その後は会社側の圧力もあってか、山根の死は事実上「不慮の事故」で処理されそうになっていた。 「そういえば、あのとき担当した監察医が言っていたな……“極度のストレスや緊張状態が引き金になった可能性がある”と」 村瀬が手帳をパラパラめくりながら思い出す。 「もし何者かがその“極度のストレス”を“意図的に”誘発したとしたら、それは殺意に近い。……けれど具体的に何をしたら人を死に至らしめられるのか?」

 (駅の時計が狂っていたせいで山根は焦り、心身が限界に達したのか。あるいは誰かが直接薬物を仕込んだか、身体に衝撃を与えたか。確証はまだない。)

不自然な“メール送信”

 そこへ、山根の同僚である秋吉洋介が再び連絡を入れてきた。会社の不正が明るみになった直後、秋吉は自主的に休職という形をとって身の安全を図っている。 「浜口さん、今回の捜査で会社のメールサーバーが精査されましたよね? 僕、あのデータを少し見せてもらったんですが……山根さんが亡くなる当日の未明に、“あるメール”を送っていた形跡があるんです」 “あるメール”――それは山根が会社の外部に送信したとみられるもので、内容は不明ながら「重要書類を添付」という記録が残っているという。 「送信先アドレスは、フリーメールのようですが、宛先が誰なのか現状分かりません。添付ファイルが何だったのかも……」

 (山根は死の直前まで“会社の不正を暴く証拠”を集め、どこかへ送ろうとしていたのか? その動きが、さらに誰かの逆鱗に触れたのでは……。)

大森専務の供述に揺れる“殺意”

 取り調べでの大森専務は“当初は調査を阻む意図”を認めたものの、山根を明確に殺そうとしたわけではないと繰り返す。 「私は“沖田”を介して、山根くんの動きを封じられればそれでよかったんだ。多少の動揺を与えれば、証拠の隠蔽に時間を稼げる。まさか彼が駅で命を落とすとは……想定外もいいところだ」 専務の表情には確かに“後悔”の色が浮かんでいる。しかし、その言葉が本心かどうかは分からない。 そして何より、“殺害の意図がなかった”という主張は、下田や筧も同じ。だが、“結果として山根が死んだ”ことを喜ぶかのようなコメントを、大森専務が親しい社員にこぼしていたという噂もある。

 (もしも“会社の外”に、山根が送ろうとしていた証拠を手に入れた人物がいて、そいつが“山根を確実に始末する”ために、さらなるトリックを仕掛けたとしたら……)

さらなる“時計”の痕跡?

 浜口は改めて、新静岡駅や桜橋駅の防犯カメラ映像を専門家に依頼し、詳細に解析を進めるよう指示する。既に大半はチェック済みだが、“数秒単位の動き”に着目すれば何か見落としがあるかもしれない。 (山根が倒れた瞬間、現場付近には複数の乗客や駅員がいた。誰かが物理的に接触したのか、薬を盛ったのか。わずかな可能性でも洗い出さねば……)

 そんな矢先、解析担当から一つの報告が入る。 「駅のアナログ時計とは別に、ベンチ近くのデジタル時計が映り込んでいたんですが、事件当日の朝、一瞬だけ消えているフレームがあるんです。わずか2秒ほどなんですが、その後すぐ復帰している。まるで誰かが電源を断続的に遮断したかのように……」

 それは既に判明していた“5分進み”とは別の現象。ほんの一瞬のブラックアウト。 (なぜ誰かがそこまで細かく時計をいじる必要があった? 単に焦らせるだけならアナログ時計のズレで充分だったはずだ。……これには別の狙いがあった?)

“死角”での低い声

 さらに解析担当は、ホームの端に設置された音声マイクにも不可解なノイズが記録されていたと報告する。静かな時間帯に、男の低い声が小さく「……をどうにか……」とつぶやくような音が混入していたのだ。 「あまりに雑音が多く、言葉はほぼ判別できません。でも、周囲に誰もいないはずの時刻に“男の声”が入っているのは確かです」 (筧か、沖田か、それとも未知の人物か。とにかく山根が駅に来る前後に、“複数”の関係者が駅周辺で暗躍していた可能性が強い……。)

新たな鍵——送信先の特定

 検死記録や映像解析による決定打はまだ得られない。しかし浜口たちは、山根が最後に送信しようとした“メール”の宛先を突き止めれば、事件の根底にある“真実”が見えてくると考えた。 会社のシステム管理者への協力要請により、少しずつメールサーバーのログが解読され始める。すると、フリーメールの宛先のドメイン名が特定され、その登録時のIPアドレスから“ある建設コンサルタント事務所”の存在が浮上する。 (建設コンサルタント……鉄道関連の開発計画にも関わりそうな業種だ。まさか、山根はそこに直接、不正の証拠を送ろうとしていたのか?)

“受け取り手”を探る

 さらに調べを進めると、その建設コンサルタント事務所が、大森専務が過去に出向していた子会社であることが分かった。だが現在は別の経営者に引き継がれ、専務自身の直接的な関与はないように見える。 「それでも山根は、ここを突破口にしようとしたんじゃないか? 社内から出そうにも上層部に情報を握りつぶされる恐れがある。ならば外部の協力者にメールで証拠を送ろうとしたわけだ」 村瀬の仮説に、浜口は頷く。 (問題は“この事務所の誰”に送ろうとしたのか。あるいは何らかの“専門家”がバックについていたのか。)

“カギを握る人物”の連絡

 すると、その建設コンサルタント事務所から、思わぬ形で警察に連絡が入る。 「少し前に、“山根”と名乗る人からメールを受け取り、続きのデータが欲しいという内容だったが、その後音沙汰がなく……。どうやら会社でトラブルに遭っているらしい、という噂を小耳に挟んで不安になっていた」 事務所の代表はそう語り、山根が“駅の設備や時計に関する不正事案”を相談しようとしていたのではないかと推測しているという。 「だが、送られてきたファイルは暗号化されていて開けないんです。パスワードが分からない限り、中身は確認できません」

 “暗号化ファイル”――山根は最後に大きな切り札となる証拠を外部に送ったのかもしれない。 もしこのファイルのパスワードを入手すれば、“山根殺害”に直結する計画書なり、上層部の関与を示すやり取りの記録が出てくる可能性がある。

山根のパソコンからのヒント

 パスワード解除の鍵を握るのは、山根のパソコンか、あるいは愛用の手帳だろう。すでに警察は山根の家を捜索し、パソコンを押収済みだが、フォルダやファイルのパスワードは複数設定されていて、全てが分かっているわけではない。 「山根の手帳には“13:05”とか“桜橋駅”とか、事件絡みのメモがあったが、パスワードらしきものは確認できなかったな……」 村瀬が首をかしげる。

 だが、浜口は思い出す。山根が大学卒業後、初めて就職したのは実家のある清水区の会社だったが、そこを辞めて今の会社に来ていた、という話を聞いたことがある。かつてのアルバイト先など、彼にとって思い入れのある数字や名前が“パスワード”に使われているかもしれない。 (地道に探るしかないか……。いや、残された手がかりのどこかにヒントが隠されているはずだ。時計、駅名、あるいは家族の誕生日……)

次なる道筋

 会社の不正は大きく崩れ始め、大森専務ら幹部の罪は重いものとして立件される見通しだ。下田や筧もそれぞれ罪に問われるだろう。 だが、山根豊が倒れた“本当の瞬間”に、誰がどのような意図をもって行動していたのか――依然として見えぬピースが残っている。 “パズル”の最後の一片を埋めるためには、山根が暗号化したファイルの中身を開示し、事件の全容を明らかにしなければならない。

 夕刻のオフィスで、浜口はデスクに広げた山根のパソコン関連の資料をじっと睨む。 (山根が死ぬ前日に深夜まで作業していた履歴がある。そこには“パスワードヒント”らしきメモも残されているが、まだ解けていない。)

 ヒントはこう書かれていたという。 > “O + 3/25, S = 1305, NW to E?”

 一見して意味不明の符号。しかし、“3/25”や“1305”、さらに**“NW to E”**といったフレーズは、いずれも駅の時刻や方位を連想させる。 (“1305”は桜橋駅の待ち合わせ時刻。その前後に“3/25”……日付か? “NW to E”は……方角を変える?)

 浜口の頭は急速に回転を始める。もしこれがパスワードのヒントなら、事件を決定づける大きな鍵となるだろう。そしてこの鍵こそが、真の犯人の意図を暴く最終的な扉を開くかもしれない——。


第十七話 「パスワードに封じられた証拠」

 大森専務の邸宅から押収された資料には、会社ぐるみの不正を裏付ける決定的な証拠が並んでいた。これで被害者・山根豊が追いかけていた“闇”は、間違いなく表に引きずり出されることになる。 しかし、刑事・浜口修一にはまだ大きな疑問が残っている。――新静岡駅で倒れた山根は、ただ“ストレス”や“時間の混乱”によって偶然命を落としたのか? それとも、それ以上の“確実に殺そうとする意図”が働いていたのか? 決定づけるのは、やはり山根が外部に送ろうとしたという“暗号化ファイル”の中身。そしてその解除には、山根のパソコンや手帳のどこかに残されたパスワードが必要となる。 だが、山根のパソコンから見つかったヒントのメモ――

“O + 3/25, S = 1305, NW to E?”

 この暗号めいた一文は、いまだ解き明かされぬままだ。

浜口の推理

 浜口は山根のパソコンログをもう一度洗い直し、合間に事件関係者の証言にも脳内で照らし合わせてみる。 - “3/25” … 日付か、あるいは3月25日のことか、はたまた数字同士の組み合わせか。 - “1305” … 桜橋駅での待ち合わせ時刻。もしくは13時05分という時間そのもの。 - “NW to E” … 西北西から東へ? 方位を示唆している?

 一見して“地図”や“路線”を連想させるフレーズが並んでいるが、何を意味するのかは定かではない。 (桜橋駅が絡む以上、3/25は桜開花の時期? あるいは3月25日に何かあった? それとも数字を分解して別の意味に読み替える?)

秋吉の手がかり

 山根の同僚・秋吉洋介からも新たな連絡があった。 「先日、家を整理していたら、山根さんと一緒に出張へ行ったときに撮った写真のデータが出てきまして……。そこに“3/25”と書き込みがあるフォルダがあったんです。日付は山根さんが旅行先で使っていたファイル名らしく、旅行と言っても会社の研修も兼ねていたはずですが」 秋吉によると、その出張は**「岡山」**方面だったという。岡山――“O”というアルファベットにも合致する。 「つまり“3/25”は岡山出張の日付と関係があるのかもしれません。“O + 3/25”と書かれていましたから……」

 (“O + 3/25” = “岡山 + 3月25日”か? その日付に何があった?)

“O + 3/25”の答え

 秋吉が送ってきたデータには、山根と秋吉、そして数人の同僚が岡山県内の倉敷あたりを観光した際の写真が記録されていた。 フォルダ名「O325_Kurashiki」とあり、山根が命名したらしい。そこには桜を背景にした写真が何枚かあり、撮影日は確かに3月25日となっている。 “桜”といえば、桜橋駅との関連も思い起こされるが……。浜口は頭をひねる。 (ただの旅行日付をパスワードにするのはあり得る。だがそれだけなら簡単すぎる。“S = 1305, NW to E?” の部分も絡めて考えると、まだ何か仕掛けがある。)

“S = 1305”の再確認

 山根が桜橋駅で待ち合わせを設定した時刻が13:05だった。これはすでに周知の事実だ。 “S”は“Station”や“桜橋(Sakurabashi)”、あるいは“Shizuoka(静岡)”?――いずれにしても時間を示すものとしては自然だ。 (3/25の“岡山”と13:05の“桜橋駅”が結びつくなら、地理的にも時刻的にもバラバラすぎる。**“NW to E”**がまだ解読の鍵を握っているのではないか?)

NW to E

 “NW to E”――北西から東へ。これは単純に方角を示す言葉かもしれない。たとえば地図上の移動方向を示しているのか、あるいは英字を移動させる暗号かもしれない。 (アルファベットの“NW”を“E”へ移動……? それとも、「NorthWest」を「East」に置き換える…?)

 浜口は紙とペンを取り出し、アルファベット表を眺めてみる。 - N → 14番目の文字  - W → 23番目の文字  - E → 5番目の文字

 これをどう読み替える? シーザー暗号のように文字をシフトさせても“時間”や“駅名”にはならない……。

 別のアプローチとしては、“NW”を日本語読みすると「エヌダブリュー」。これを東(East)へ? だが手がかりは薄い。

 (もしかして、「NW」とは“North Wing”や“New West”の略かもしれないが……静岡鉄道にはそんな駅名や施設はない。)

山根の実家からの連絡

 翌日、思わぬところから新情報が飛び込んできた。山根の家族が、家の押し入れを片付けていたところ、古いノートPCとメモ帳が出てきたというのだ。 「山根が昔使っていたものらしくて……もし警察の役に立つなら、と」 浜口はすぐに鑑識を手配し、そのノートPCのデータをコピーさせてもらった。どうやら大学時代から社会人初期にかけて使っていた古いマシンらしい。 そしてメモ帳の方には、“**北西(NW)**から東(E)へ”という走り書きが目立つページがあった。さらにその下には、数字とアルファベットが並んでいる。

 > NW34-NE45-SE01-E23

 (これは一体……方角と数字の組み合わせ?)

連想される地図

 もし“NW34”とか“SE01”が地図の座標を意味するなら、何か特定の地点を指し示しているかもしれない。浜口はグーグルマップを開き、静岡周辺の地形を見渡すが、ピンとこない。 (あるいは“岡山(=O)3/25”との関連で、そちらの地図上のポイントを示しているのか? だが、この文字列をそのまま座標にするのは難しそうだ。)

 村瀬が首を傾げながら提案する。 「山根さんは鉄道が好きだった節もありますよね。高校時代は鉄道研究会に所属していたとか。これ……路線の方向を示しているとか? “NW”は某駅から北西へ34kmとか、そんな感じかも?」

 しかし34kmという距離はちょっと長い。静岡鉄道の全長が21kmほどであることを考えても合わない。

秋吉との会話

 行き詰まりを感じた浜口は、再び秋吉を呼び出し、山根の大学時代のことや趣味などを根掘り葉掘り聞いてみる。 「山根さんは、パズルや暗号が好きでした。映画『ナショナル・トレジャー』みたいな宝探し系に憧れてたんですよ。だから意味のない暗号もよく作って遊んでたんです」 秋吉の言葉を聞いて、浜口は拍子抜けしそうになる。 (ということは、この暗号自体が“遊び”だった可能性も否定できない。だが、山根は最期の最期にまで“暗号”を扱っていたわけだ。あれは“遊び”じゃなく“本気”の隠蔽工作だったろう。)

 秋吉が続ける。 「そういえば山根さん、大学時代に『マジカル時間パズル』とかいう同人誌を友人と作ってました。時計の針を回して問題を解くみたいな。あれがまた難しくて……」

 (時計の針……。“NW to E”……何か関係があるか? まさか、時計の方角を指し示す? 北西を東に回す?)

時計の針を方角に見立てる

 ここで浜口はハッとする。時計の文字盤を地図や方位に見立てると、12時が北、3時が東、6時が南、9時が西……と表現されることがある。 もし“NW to E”とは、時計の盤面上で「10時あたり」(NWに近い位置)の針を「3時」(東)まで動かす、という意味ではないか。 (つまり、針を5目盛り分くらい進める? 10時→11時→12時→1時→2時→3時、ちょうど5か6目盛りか……これを暗号化したらどうなる?)

 さらに“S = 1305”を“13時05分”の針の配置と合わせるなら、長針が1(5分)を指し、短針が13時のやや過ぎ。そこに“NW to E” = “針を5目盛り進める”という操作を加えたら、最終的に“13時10分”を示すことになる。 (だが、その結果がどうパスワードに変換されるのか……)

ひとつの仮説

 浜口は無意識に紙に文字盤を描き、試行錯誤しながらメモを書く。 - 13:05の状態(短針が13、長針が05分)を“NW to E”で**+5分**  - 結果は13:10 = “1310”

 (単に1305から1310にするだけ? だが“3/25”という要素も無視できない…)

 試しに「0325+1310」とか「03251310」という数字の羅列をパスワードとして、暗号化ファイルを開こうとしてみたらどうなる? これは素人考えだが、やってみる価値はある。

 さっそく浜口は、山根のパソコンで暗号化されている複数のファイルに片っ端からパスワードを入力してみる。 - 03251310  - 3/25+13:10  - 0325-1310  …etc

 しかし、どれもエラーとなり弾かれてしまう。 (そう甘くはないか……。でも、この“5分動かす”発想は妙に気になる。)

NW34-NE45-SE01-E23の意味

 ふと、浜口は先ほどの**“NW34-NE45-SE01-E23”**という文字列を思い出す。 - NW, NE, SE, E という方角  - 34, 45, 01, 23 という数字の組み合わせ

 これを“時計の位置”として解釈すると……? - NW = 10時付近  - NE = 2時付近  - SE = 4時付近  - E = 3時付近

 しかし数字が具体的に何を示すかは謎である。一つの考えとしては、**“34”→“3時と4分”? “45”→“4時と5分”**といった時刻を表しているとか? しかしそれでは整合性が取れない。 また、10時(= NW)から3時(= E)までは5時間分。34という数字と繋がらない。

思いがけない副産物

 その夜、山根の古いノートPCを解析していた鑑識から、一通の朗報が入る。 「暗号関連はまだ難航していますが、メモ帳に“仮パスワードリスト”と思われるテキストが見つかりました。中には“Okym0325”など複数の文字列が……」

 “Okym0325”。これは**“岡山(Okayama) + 0325”**を連想させる。そして“3/25”と“岡山”を合体させたこの文字列に、さらに何らかの細工が加わったパターンが考えられる。 「これを可能性あるパスワードとして、一つずつ試してみます!」 鑑識担当はそう意気込んでパソコンの画面に向かう。

パスワード解読の瞬間

 30分後、鑑識担当から連絡が入る。 「来ました! “Okym0325S1305”で開けましたよ! たぶん、S1305が“桜橋駅13:05”を示すのでしょうね。長いパスワードですが……ファイルが解読されました!」

 浜口は思わずガッツポーズをとる。 やはり“岡山3月25日”+“桜橋駅13:05”――山根にとって印象深い二つのキーワードを組み合わせたものが、パスワードになっていたのだ。 (“NW to E”は何のことだった? あるいは単なるダミー、もしくは別のファイル用だったのか。ともかく本命ファイルは開いたぞ!)

暗号ファイルの中身

 山根のPC上で解放された暗号化ファイルには、ExcelやPDFの書類がぎっしりと詰まっていた。内容は――会社幹部のメールログ、契約書類のスキャン、そして**“時計操作計画”**と題されたメモまである。 メモの記述は衝撃的だ。 > 「下田を通じ、筧に駅時計を操作させる。5分程度の進みなら利用客に違和感は薄い。山根が乗るはずの列車を外させ、桜橋駅到着を遅らせる目的。だが、沖田は“場合によってはミスリードを重ねてさらに追い詰める”と言っていた……」

 これが紛れもなく、山根が追いつめられていた時の実状を示す。会社上層部(大森専務ら)が山根を“足止め”しようと図り、“沖田”がさらに強い工作を準備していた――。 ファイルの最後には、山根自身のコメントが書かれている。 > 「もしこれが表に出れば、会社も沖田も確実に追い詰められる。だが、これだけでは足りない? 僕が命をかけてでも動かなきゃ……」

 (つまり山根は時計操作の全容を把握し、証拠を握っていたのだ。そして外部の建設コンサル事務所へ送ろうとしていた……。)

“殺意”の確証

 さらに驚くべきは、メモの中に“もし山根がそれでも動き回るなら物理的手段も辞さない”という意味合いの言葉が書かれていることだ。差出人は不明だが、**“沖田”**と記されている箇所がある。 > 「沖田:もう少し確実にやらないとダメだ。会社は大森専務だけじゃなく、……“対処しろ”と。山根が何か企んでいるなら、あの手この手で阻止する必要がある……」

 そこには“薬”という単語は出てこないが、“あの手この手”という含みのある表現が見て取れる。 (これが“殺意”と直結するかどうかは法的に微妙だが、少なくとも“山根が駅で死んだのは本当に偶然だった”という言い訳は通用しなくなるだろう。会社は自らの利権を守るために、最悪の場合山根の排除を容認していた――それを裏付ける一連のメモだ。)

山根の最期をめぐる真実

 こうして暗号ファイルの内容を総合すると、“会社上層部の指示” → “沖田や下田の実行” → “筧による駅の時計操作” という流れが見えてくる。さらに沖田は想定以上の強行策を準備していた可能性が高い。 しかし、最終的に新静岡駅で山根が倒れたのは心臓発作に近い症状だ。では、誰かが実際に薬物を投与したり直接手を下したわけではないらしい。つまり、**“最大限にストレスを与え、心身を追い詰める”**という形で殺害に近い行為がなされたと推測される。 (裁判所がこれを“殺人”と断定するか、“過失致死”など別の罪に問うかは別問題だ。だが、少なくとも“意図的な工作で山根を死に至らしめた”という構図が成り立つだろう。)

クライマックスへの道

 浜口は秋吉を通じ、建設コンサル事務所にこのファイルのコピーを届けることを伝える。会社の不正告発と同時に、山根が命をかけて守ろうとした“正義”を世に知らしめるためだ。 当然、大森専務をはじめとする関係者は法の裁きを免れない。一方で、すでに死亡した沖田については“主犯”と位置づけるべきかどうか議論が分かれるだろう。 (しかしこれで、山根の死が“ただの事故”で片付けられることはなくなる。会社が計画的に仕組んだ“時間の罠”は、少なくとも司法の場で明確に断罪されるはずだ。)

新たな朝

 暗号ファイルの全貌が明るみに出た翌朝、浜口は何となく早く目が覚め、久しぶりに新静岡駅のホームへと足を運んだ。初夏の陽射しが降り注ぎ、コンコースには学生や会社員が行き交う。 あの日、山根が見た風景もこうだったのだろうか……。時計は、今は正確な時刻を指している。だが、一度“時間の罠”に絡めとられた山根の姿は、もうこの場所にはない。 (時計が正常に進んでいる今、静岡鉄道の平穏は取り戻されつつある。だが、山根の死と、その背後にある会社の陰謀を忘れるわけにはいかない。)

 そこへ、秋吉から着信が入る。 「浜口さん……本当にありがとうございました。もうすぐ裁判が始まりますね。僕も証言台に立つ覚悟です。山根さんのためにも、正しい判決が下されることを祈っています」

 時計の針は回り続ける。だが、もう“狂った時間”に人の命を奪わせるわけにはいかない。浜口は無意識のうちに腕時計を確かめ、静かに心の中でつぶやく。 (事件はようやく終わりに近づいた。これから先、司法の場で真実は完全に解明されるだろう。山根、お前の望んだ正義は確かにここにある。)

 静岡鉄道ミステリー、ついに“時間の罠”の鍵をこじ開ける決定打が示された。 だが、本当の決着は法廷で下される。山根の無念を晴らし、新たな犠牲を出さないためにも、浜口と仲間たちは最後までこの“狂った時計”に立ち向かい続けるのだ――。


エピローグ 「揺れる終着駅」

 静岡鉄道を舞台に起こった連続時計異常事件は、会社の深い闇を暴き出すかたちで、ひとまず捜査の大筋が収束した。 元メンテナンス業者・筧の逮捕、経理部門トップ・下田の自白、そして大森専務への強制捜査――。 最終的には、被害者・山根豊が掴もうとしていた“会社ぐるみの不正”が白日の下にさらされ、法廷の場で真偽と罪の重さが争われることになる。

法廷に立つ面々

 夏も近づくある日、静岡地裁の法廷には多くの傍聴希望者が詰めかけていた。 - 大森専務:会社の幹部として大規模な不正工作を指揮していた容疑。山根の“死”に対する関与も取り沙汰される。 - 下田:経理部門トップ。山根や筧を翻弄していた張本人の一人として証言台に立つ。 - :連続時計異常の“実行犯”。既に罪を認め、減刑を求める動きだが、会社とのやり取りの全容については裁判の場で明らかにされる。

 そして、会社を退職扱いとなった秋吉洋介もまた、証人として出廷する。彼はかつての同僚である山根が集めていた数々の証拠の意義を説明し、会社の不正がどのように動いていたかを語ることで、亡き山根の“声”を届けようとしていた。

山根が遺した“暗号ファイル”

 裁判での大きな焦点は、山根のパソコンから発見された“暗号ファイル”の中身だった。 - 会社の不正契約書 - 大森専務や幹部たちのメールログ  - “時計操作計画”に関する内部メモ

 中でも衝撃的だったのは、会社幹部が「必要ならば物理的手段も辞さない」と暗に示すメール文面である。山根の死を「結果的には好都合」と捉えるような部分も垣間見え、検察は**「事実上の殺意」**に近いものがあったと強く主張した。

 一方、大森専務側の弁護士は「そこまで過激な意味合いはなく、あくまで“時間稼ぎ”のつもりだった」との答弁に終始する。 「心臓発作は被害者の持病か何かに起因するもの。会社に“殺意”があったと断じるのは飛躍がある」 そんな言い分が繰り返されるたびに、傍聴席からは憤りにも似たざわめきが広がった。

“時間の罠”――その責任

 さらに別の日の公判では、が自分の犯行を詳細に証言する。 「私は下田と沖田の指示を受けて、駅のアナログ時計や配電設備をいじりました。最初は金のためでしたが、会社が大規模に隠蔽工作をしていると知り、逆に利用してやろうと思った部分もあったんです。 ……しかし、山根さんが死んだのは本当にショックでした。俺は“駅の時計を少し狂わせる”程度で、人が命を落とすとは考えていなかった。結果的には殺人に近い行為だと思います」

 筧はこれまでの捜査過程で、**“自分に明確な殺意はなかった”**と主張していた。しかし裁判を通して、少なくとも“会社の指示に従う中で山根を追い詰める意図”があったことは否定できなくなっている。

やり切れない“境界線”

 法廷では、“故意”と“過失”の境界が激しく争われる。 - 検察は「明らかに会社が山根の行動を阻止しようとした。その延長で死に至ったのだから“未必の故意(結果を容認していた)”に当たる」と訴える。 - 弁護側は「直接的な殺害行為はない。心臓発作は偶発的要因も大きい。過失致死止まりではないか」と反論。

 もし“殺人罪”が適用されるなら、どの人物がどの時点で殺意を共有していたのか――会社の指示系統は複雑に絡み合っており、誰がどこまで“危険”を認識していたかが焦点だ。

秋吉の証言台

 秋吉は震える声で、最後まで逃げずに語った。 「山根さんは“殺されるかもしれない”とまでは言わなかったけど、“とにかく身辺が危ない”とは漏らしていました。実際、駅へ行く朝も『会社に邪魔されて間に合わないかもしれないけど、どうしても桜橋駅に行かなくちゃいけない』と言っていて……。 あの日、彼は確かに追い詰められていました。会社が仕掛けた時計のズレで、焦りと恐怖が一気に襲ったんだと思います。僕は一連の策が、事実上の“殺意”に当たると感じています」

 秋吉の熱意ある証言に、法廷は静まり返る。会社の弁護士は一瞬反論に窮したようだったが、「死の直接原因は心不全」と繰り返すにとどまった。

結審、そして判決へ

 長引いた審理は、最終弁論を経て結審へ。しばしの後、判決の日がやって来た。 結果、主犯格とされた大森専務は、不正契約による詐欺罪・横領罪などで重い実刑が下され、さらに「危険な工作を黙認し、被害者を死に至らしめた重大な過失」が認定された。 ただし、“殺人罪”としての立件はならず、法的には**“致死的リスクを認識していた”という形の過失責任にとどまった。 下田や筧**もまた、それぞれ詐欺や業務上過失致死の幇助に当たる罪で有罪判決を受ける。いずれも上訴の可能性を残すが、会社と個人が組んで山根を追い詰めた“結果”の責任は重く問われることとなった。

山根の無念と、静岡鉄道の今

 こうして一連の事件は法的な決着を迎え、会社の幹部たちの不正は糾弾される形となった。多額の賠償金や行政処分により、会社は大きく揺らぐが、逆に“再生”へ向けた改革の動きも少しずつ始まる。 秋吉洋介は証人としての役目を終え、退職した会社を後にした。失意も大きいが、「山根さんの死を無駄にしないために、別の場所で自分なりの仕事をしていく」と前向きに歩み始めている。

 一方、浜口は静岡鉄道のホームを眺めながら、改めて山根という男の残した足跡を思う。 駅の時計は今、正確に時を刻んでいる。もはや“狂った針”は存在しない。だが、そこには山根が流した尊い犠牲が横たわっている。 (もし会社があそこまでの権力闘争に走らなければ、山根は生きて夢を実現していたかもしれない。だが彼の行動が、結果として闇を暴き、大勢の人々を救ったのだ。)

新しい朝

 事件が終わり、浜口はいつものように出勤路で新静岡駅を通る。ちょうど朝のラッシュが落ち着いた時間帯、改札を抜けるときにふと目に留まったのは、一枚の写真。駅の掲示板に貼られた**“桜が咲く桜橋駅”**の風景ポスターだ。 桜橋駅13:05――山根が最後までこだわり続けた時刻と場所。今はそこに“事件”の痕跡などまるで残っていない。 (それでも、このポスターは象徴のように感じる。もう二度と“狂った時間”で人が死ぬことはあってはならない……。)

 この街の時計は、今日も正確に動き続ける。けれど浜口には、その針が少しだけ“重く”見えた。 事件の後始末はまだ完全には終わっていないが、山根の無念は司法によって認められ、会社の改革も始まる。静岡鉄道の旅路は続いていく――だが、もうあの暗い影はない。 (今度こそ、正しい時が人々を導いてくれるはずだ。)

 こうして、**“静岡鉄道ミステリー”**は大団円とは言い難い形ながらも、一つの決着を迎えた。 失われた命を取り戻すことはできない。しかし、その死をきっかけに明らかになった闇が払われ、変化の芽が生まれたのも事実。 人々は再び行き交う。正しい時刻の下、ホームに降り立つ乗客たちの姿を見つめ、浜口は心の奥でそっと祈るのだった。

 “もう二度と、時間が狂わないように”――。


後日譚 「再び巡る春」

 あの事件の裁判が終わり、会社の経営陣は刷新され、大規模な組織改革の波が押し寄せた。 山根豊が心血を注いで追及した“不正”は法廷で断罪され、遺された証拠の数々が世間の注目を集めた。 結果、旧来の体制を一掃するかのように、若手の管理職が次々と登用される。いわゆる「会社を生まれ変わらせる」改革の号令が鳴り響いていた。

 秋吉洋介は、判決後すぐに会社を離れ、新たな職場で再スタートを切った。業界こそ違えど、「山根さんが見据えていた“本当の正義”を、どこかで貫きたいんです」と語り、地元の企業で誠実に働いているらしい。元同僚たちも彼を応援しているという。

 浜口修一はと言えば、いつものように捜査一課で日々の事件と向き合っていた。静岡鉄道沿線での“時計を用いたトリック”――あれほど大掛かりで、かつ人の死を伴うものは、そうそう起こるものではないだろう。 だが、彼はふとしたときに新静岡駅や桜橋駅へ足を運ぶことがある。事件を思い返すというよりも、「あれから駅の時計はどう変わったか?」と確かめたいのかもしれない。

 新静岡駅のコンコースに設置されている大きなアナログ時計は、今では定期的にメンテナンスが施され、誤差もなく正確な時を刻んでいる。ある朝、浜口はその針を見上げた。 (あのとき、たった数分のズレが、一人の人間の運命を左右した。今は正常に動いているけれど、二度とああした惨劇を繰り返してはならない…)

 桜橋駅のホームにも、一見したところ事件の痕跡など微塵も残っていない。だが、駅舎の掲示板には「桜の季節の写真」とともに、“安全・安心な駅づくり”を掲げる一文が貼られていた。 地元の人々によれば、駅の外観や周辺施設こそ大きく変わらないが、警備や設備点検の体制は見直され、以前とは比べ物にならないくらい徹底して行われるようになったそうだ。駅の時計も、業務委託先の手配が一新され、ズレを放置するようなことはなくなったという。

 浜口は改札を抜けてホームの先へと歩き、川沿いに伸びる桜並木を遠目に見つめる。まだ蕾がかたい初春の景色だが、次の春にはきっと満開の桜が咲き誇ることだろう。 その花が開くころ、山根のいのちを飲み込んだ“時間の罠”も、ようやく人々の記憶から薄れていくのかもしれない。 それでも、浜口は心の中でそっとつぶやく。 (人の心に宿った“欲望”や“不正”は、形を変えていつでも現れるかもしれない。だけど、駅を行き交うたくさんの命を、狂った時間で奪うような悲劇は、もう起こさせない。)

 そして列車の到着を告げるアナウンスが響く。 まだ少し肌寒い風を切り、電車がスルスルとホームに滑り込んできた。時計は正しく時を刻み、乗客たちは落ち着いた足取りで車内へと乗り込んでいく。 全ては、正常な時間の中にある——。 それを確かめるように、浜口はホームを離れた。遠く桜の蕾が、もうじき春を迎える準備をしているかのように、わずかにふくらんでいるのが目に映った。

 こうして“静岡鉄道ミステリー”のページは閉じる。 失われた命は戻らない。しかし、その犠牲によって不正は裁かれ、駅の時間は正常に戻った。浜口も秋吉も、そして多くの市民も、もう「ズレた時計」に振り回されることはないだろう。 時刻表どおりに走るレールの上を、人々は日常へと向けて再び歩み出す。 それこそが、山根が最後に望んだ“正しい時間”なのかもしれない。

 —完—

 
 
 

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