カスハラ対策『カウンターの向こう側 ― 記録が守るもの』
- 山崎行政書士事務所
- 9月19日
- 読了時間: 8分
登場人物
佐藤店長:冷静沈着。現場と本部の橋渡し役。
高橋:入社3か月の新人。誠実だが気弱。
山田:要求が段階的にエスカレートするクレーマー。
中村:本部(法務・人事・CS連携)の担当。
木村:ベテランスタッフ。現場の“暗黙知”を持つ。
警備員:外部連携の要。
ナレーション:法令・運用ポイントの解説。
プロローグ:記録ボタン
(朝。開店前のバックヤード。ホワイトボードに「今日の重点:記録・連携・境界線」。)
木村「昨日の件、録音と要点メモ、システムに上げといたよ」高橋「ありがとうございます…正直、怖かったです」佐藤店長「大丈夫。**“個人で背負わない”**がうちのルールだ。今日も『記録ボタン』から始めよう」
🔎 解説(運用ルール冒頭提示) 一次対応者は“記録ボタン”(通話録音/カメラログ/対応記録フォーム)を最優先。 すべてのやり取りは事実ベースで残す(主観や推測を混ぜない)。 迷ったら二人対応に切り替え、時間制限を設定して話す。
第一幕:最初の“違和感”
(昼。カウンター。山田が商品を差し出す。)
山田「これ、傷ついてる。どうしてくれる」高橋「ご不便をおかけして申し訳ございません。状態を確認いたしますね」(高橋、奥へ。商品に微細な擦り傷。使用痕もあり)
高橋「外装に微細な傷と、使用痕がございます。購入後の—」山田「なに偉そうに判定してるんだ?責任者呼べ。全額返金だ」
(インカムで店長へ)高橋「お客様から責任者要請。録音開始しています」
🔎 実例①:初期不良を口実に“使用後の全額返金”を迫るポイント:正当要求(初期不良交換)と過剰要求(使用後の全額返金)の線引き。運用:レシート/購入日/使用状況を事実で確認→規程範囲を明示→代替案(修理/部分返金/割引)提示。法令の視点: 消費者契約法:一方的に事業者の負担を過度に広げる要求に応じる義務はない。 事業者の約款・返品規程に沿った説明責任を果たす。
第二幕:境界線を引く
(店長が合流。二人対応へ)
佐藤店長「店長の佐藤でございます。状況を確認し、規程に基づいて対応いたします」山田「規程なんか知らん!客が最優先だろう?」佐藤店長「お客様の不便は最短で解決したいと考えています。初期不良と認められれば交換対応が可能です。ただ、使用後の全額返金は規程外です」
山田「じゃあSNSに晒すぞ」(空気が張り詰める)
佐藤店長「脅しにあたる言動はご遠慮ください。記録しております。ご提案は三つです—(1)技術検査の上で交換、(2)修理、(3)一定の値引きによる現品継続。ここからお選びいただけます」
🔎 実例②:SNS晒し・評判毀損の示唆で要求を吊り上げるポイント:脅迫的言動は線引きして止める。合理的な代替案をセットで提示。法令の視点: 刑法(強要・恐喝に該当し得る威迫)→記録と通報フローの準備。 名誉毀損リスク:事実無根の拡散に備え、広報テンプレと弁護士連携を用意。
第三幕:長時間拘束の罠
(その後も山田は粘る。時計が進む。待機列が伸びる)
山田「納得いくまでここから動かない」佐藤店長「ご説明は10分で区切ります。以降は書面でのご案内へ切り替えます」(店長、応対タイマーを提示し、要点メモを読み上げ)
高橋(小声)「タイマー…効くんですね」木村(小声)「時間境界は効く。ルールに“応対の上限設定”があればなお良い」
🔎 **実例③:長時間の居座り(執拗な拘束)運用: 時間上限(例:説明10分+選択肢提示5分)→以降は窓口変更(本部/メール/書面)。 要点メモの音読で論点を固定、話題逸脱を防ぐ。 列処理優先のブレーク権限(シフト責任者が応対を打ち切り、別動線に分離)。法令の視点: 従業員の安全配慮義務(労働契約上)→心理的負担が蓄積する前に交代・休憩を入れる。
第四幕:本部と繋ぐ
(バックヤード。店長と本部・中村が電話会議)
中村「録音、写真、販売・検査記録は収集済みですね。規程外の全額返金には応じない。次の手順を」佐藤店長「(うなずく)書面回答と連絡窓口の一本化を提案します」
(フロアに戻る)
佐藤店長「先ほどの3つの提案からお選びください。以降のご連絡は本部窓口にて承ります」山田「まだ話は—」佐藤店長「本日の店頭応対はここまでです。書面でご説明をお送りします」
🔎 実例④:窓口ハンドオフ運用: 次回以降は本部窓口へ集約(担当/メール/受付時間/応答SLA)。 現場は記録提出のみ。判断権限を集中してブレをなくす。 出入り禁止(施設利用制限)の検討基準をガイドライン化。法令の視点: 施設管理権に基づく退去要請/反復的妨害への警察相談の選択肢を保持。
間奏:チェックリスト(掲示用・配布可)
記録開始(録音/要点メモ/購入記録)
二人対応へ切替/タイマー掲示
規程内の選択肢を3案で提示(交換・修理・代替)
脅迫・威迫ワードに一度だけ注意喚起→改善なければ打切り宣言
本部ハンドオフ(書面化・SLA)
エスカレーション(警備/警察/法務連絡)
🔎 テンプレ台詞 「本件は規程の範囲で最短の解決を提案します」 「脅すような言動はご遠慮ください。記録しております」 「本日の店頭応対はここまでです。以降は書面でご案内します」
第五幕:もう一つの実例(電話・在宅CS)
(コールセンター風景。WFMの画面。チャットで炎上気味)
お客様(チャット)「担当者のフルネームと自宅住所を出せ。会社も晒すぞ」オペレータ「個人情報はお伝えできません。担当IDでのご案内となります」(スーパーバイザーが同席表示)
SV「この文言で最終回答へ進めて。威迫が続けば通話終了、書面回答に切り替える」(応対終了→自動で“心理ケア枠”にスケジュール)
🔎 実例⑤:個人情報の執拗な開示要求運用:担当ID化**(苗字のみ/社員番号)、発信者番号非通知拒否、在宅者の自宅秘匿。法令の視点:個人情報保護、労安法の心理的負荷対応(面談・休憩・配置転換検討)。
第六幕:ラストオファー
(夕方。山田が再来店。態度はやや弱まる)
山田「…交換でいい」佐藤店長「ありがとうございます。技術検査の結果をもとに新品交換いたします。規程の同意書に署名をお願いします」(同意書にはSNS投稿時の事実誤認訂正のお願いも明記)
高橋(小声)「同意書、効くんですね」木村(小声)「期待値の擦り合わせは文書が一番」
🔎 実例⑥:合意形成の文書化運用:同意書/合意書で条件と再発防止策を明記。誤情報訂正の窓口も提示。効果:再燃防止、社内監査と法務**が後方支援しやすい。
終幕:守られたのは誰か
(閉店後。バックヤード)
高橋「朝の自分とは別人みたいです」佐藤店長「人じゃなく“仕組み”が守ったんだよ。記録、時間、窓口、文書。四つの柱だ」木村「明日の重点に**“交代の合図”**も入れとこう。声を上げやすく」
ナレーション「カスハラは、個人の忍耐で解決しない。 仕組みが、文化になる」
(暗転)
付録A:実務テンプレ(社内配布OK)
1) 「最初の3分」スクリプト
「ご不便をおかけして申し訳ございません。状況を正確に把握いたします」
「いまから記録いたします。最短で解決するためです」
「規程内の3つの選択肢をご案内します。お選びください」
2) 「威迫ワード」検知と打切り
検知例:「晒す」「土下座」「今すぐ○○を出せ」「法律違反だ」
台詞:「脅すような言動はご遠慮ください。改善がなければ本日の応対を終了し、書面回答に切り替えます」
3) 書面テンプレ(要約)
事実関係/規程の根拠/提案選択肢/応答期限/窓口(担当ID・受付時間)/再発時の取扱い(施設利用制限を含む)
4) エスカレーション表
レベル1:現場二人対応+タイマー
レベル2:本部集約(法務・人事・広報)
レベル3:警備・警察連携/弁護士受任
付録B:研修用“実例カード”(短文)
返品強要(使用後):規程内(交換/修理/一部返金)へ誘導。
SNS晒し示唆:一度だけ注意→書面化→広報テンプレ。
長時間拘束:時間上限→窓口変更→列処理を優先。
個人情報開示要求:担当ID化/在宅秘匿。
執拗な罵倒:威迫→警備・警察相談ライン。
再燃:同一案件番号で追跡/同意書の提示。
付録C:法令・ガイドライン索引(運用での使いどころ)
労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法):従業員のハラスメント防止措置義務。
労働安全衛生法:メンタルヘルス(面談・配置転換等)を含む安全配慮。
消費者契約法:事業者に一方的に過大な負担を課す要求は無効の方向。
個人情報保護法:担当者の個人情報秘匿、記録の適正管理。
刑法(強要・恐喝・威力業務妨害等):威迫行為が継続・反復する場合の通報根拠。
社内規程(返品・交換・出禁・広報):現場で即参照できる1枚シート化が鍵。
💡 実務TIPS 規程は**“顧客向け説明版(やさしい日本語)”**も併記すると衝突が減る。 出禁は濫用しない。記録・比重・再発・威迫度合いで合議制判断。 研修はロールプレイ×録画振り返りで“声の落ち着き”を体得。
付録D:導入・教育のロードマップ(社内提案書に転用可)
Week1:記録ツール整備(音声・要点メモ・案件番号)/テンプレ台詞導入Week2:二人対応と時間上限の訓練/“打切り宣言”の練習Week3:本部ハンドオフ運用/書面テンプレの運用開始Week4:ケース回顧会(録音聴講)→ルール微修正→社内FAQ公開
KPI例:
応対1件当たりの平均滞在時間(長時間拘束の削減)
打切り→書面化移行率(線引きの実行度)
再燃率(同一案件番号の再来店/再通話)
従業員アンケート:心理的安全性スコア
エピローグ:青い記録灯
(閉店。カウンターの上、録音機の青いLEDが静かに点滅)
ナレーション「記録は味方だ。 事実を残し、境界を守り、チームをつなぐ。“お客様第一”を誰か一人の犠牲と取り違えないために。仕組みが、現場を、そして誠実さを守る。」
— 完 —


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