カスハラ対策『夜明けのフロント ― ホテル編』
- 山崎行政書士事務所
- 9月19日
- 読了時間: 6分

登場人物
水島フロント主任:物腰柔らかいが、線引きは明確。
青木(新人):夜勤2か月目。判断に迷いがち。
黒川(宿泊客):要求が段階的にエスカレートする。
坂東(ナイトマネージャー):最終判断と外部連携の権限を持つ。
警備員:ビル管理会社の常駐。
ナレーション:実務&法令の解説。
シーン1:午前0時、フロントにて
青木「いらっしゃいませ…」黒川「上の階がうるさい。最上級スイートへ無料アップグレードしろ。今すぐだ」青木「騒音の件、確認いたします。まずお部屋の移動か耳栓・ホワイトノイズ機のご用意、返金規程に基づく対応が可能です」黒川「耳栓で我慢しろって? 責任者を呼べ」
(青木、インカムで水島を呼ぶ)
🔎解説(実務)
最初の提示は“規程内の選択肢3点”(移動/備品/規程に基づく返金・割引)。
いきなり“規程外の無料スイート”に応じない。選択肢の枠を先に示す。
騒音ログ(時刻・フロア)を帳票化しておくと後の判断がブレない。
シーン2:線引きの提示
水島「お待たせしました、水島でございます。記録のためやり取りはメモに残します。ご提案は3つです。①同クラス別室、②備品+料金調整(規程)、③明朝に経過確認の上の調整」黒川「無料で最上級、それ以外はSNSで晒す」
水島「威迫にあたる表現はお控えください。当館の規程から選択肢をご案内します。無料でのスイート提供は規程外です」
黒川「じゃあ土下座でもするか?」(カウンターの空気が凍る)
🔎解説(法令・運用)
刑法上の強要・威力業務妨害に接近する言動は一度だけ注意喚起→改善なければ手続きへ移行。
労働施策総合推進法(ハラスメント防止措置義務):従業員を守るためのルール運用と記録が前提。
ホテル約款・返金規程を“顧客向け説明文”で持っておくと対話が短くなる。
シーン3:長時間拘束への対処
黒川「納得いくまでここで話を続ける」水島「説明は10分で区切ります。以降は書面でのご案内に切り替えます」(タイマーを見せ、要点メモを読み上げる)
青木(小声)「区切ると、こちらのペースを取り戻せますね」水島(小声)「時間の境界はスタッフの安全装置です」
🔎解説(実務)
応対時間の上限を就業規則・運用手順で明示(例:説明10分+選択5分)。
タイマー提示+要点メモ音読=論点固定/揚げ足取り防止。
列処理優先:他の宿泊客のサービス低下も“業務妨害”の観点。
シーン4:外部連携の準備
(坂東ナイトマネージャーが合流)
坂東「記録を確認しました。規程外の要求には応じません。このまま書面回答と本部窓口に切り替えます」黒川「お前の名前と自宅住所を書け」
坂東「担当IDでの対応となります。個人情報の開示はいたしません。威迫が続く場合は本日の応対を終了します」
(黒川、苛立ちながらも黙る)
🔎解説(法令・運用)
個人情報保護:担当者は名字+担当ID(名札運用の基準化)。
通話録音・監視カメラの運用規程(目的・保存期間・アクセス権限)を明確化。
滞在継続の可否や利用制限(出禁)の社内基準を合議制で持つ。
シーン5:現実的な落としどころ
坂東「改めてご提案します。①同クラス別室へ移動、②規程に基づく料金調整、③ノイズ対策備品。無料スイートはできません」黒川「……移動でいい。ただし朝食も無料にしろ」坂東「朝食は規程の割引で対応可能です。内容は同意書に記載します」
(合意書へサイン)
🔎解説(実務)
合意書(同意書)に:事実関係/規程根拠/提供内容/今後の窓口を明示。
追加要求が重なる“要求のスライド”を文書で止める。
合意書テンプレは顧客向け平易版+社内詳細版の二層で用意。
シーン6:再燃と“打切り宣言”
(深夜2時、黒川が再びフロントへ)
黒川「やっぱりスイートがいい。上層部に電話しろ」水島「本日の店頭応対は終了しています。以降は書面と本部窓口で承ります」黒川「帰らないぞ」坂東(警備員へ目配せ)「施設管理権に基づき、退去要請を行います」
(警備が同席。黒川は退く)
🔎解説(法令・運用)
施設管理権:反復する威迫・長時間の居座り→退去要請の根拠。
改善なく長期化する場合は警察相談(強要・威力業務妨害の疑い)。
“打切り宣言”の定型文を全員が同じ言い回しで。
エピローグ:夜明け前の共有
青木「怖かったですが、台本通り進められました」水島「人ではなく仕組みで守る。選択肢3点・時間上限・書面化・担当ID——これを守れば大丈夫」坂東「ログを上げて、朝の引き継ぎに回そう」
ナレーション「記録は、境界線を可視化する。 それが現場の“夜明け”になる」
— 完 —
付録A:ホテル運用向け・即使えるテンプレ台詞
1)最初の提示(3択)
「解決を早めるため、規程内の3つのご提案からお選びください。①同クラス別室、②備品+規程に基づく料金調整、③明朝確認のうえ調整」
2)威迫・土下座強要が出たとき
「威迫にあたる表現はお控えください。改善がない場合、本日の店頭応対は終了し、書面と本部窓口に切り替えます」
3)個人情報の要求
「担当は名字と担当IDでご案内します。個人情報の開示はいたしません」
4)打切り宣言(再燃時)
「本日の店頭応対は終了しています。以降は書面回答と本部窓口へお願いします」
付録B:最小限の体制整備(ホテル版チェックリスト)
規程内3択の定義(移動/備品/調整率・上限)を1枚シート化。
応対時間の上限(例:説明10分+選択5分)とタイマーの見える化。
担当ID運用(名札表記・本名非開示ポリシー)。
合意書テンプレ(顧客向け平易版+社内詳細版)。
退去要請フロー(施設管理権→警備→警察相談)。
ログ管理(保存期間/アクセス権限/開示ルール)。
付録C:法令・ガイドライン(参照の目安)
労働施策総合推進法(ハラスメント防止措置):従業員保護の体制義務。
労働安全衛生法:心理的負荷対策(面談・交代・配置転換)。
個人情報保護法:担当者個人情報の秘匿・記録の適正管理。
刑法(強要・威力業務妨害等):威迫継続時の通報根拠。
ホテル約款・返金規程:顧客向け説明版の整備が実務の肝。
※条文名は一般参照レベルです。貴社約款・就業規則に合わせて文言・しきい値を調整してください。
付録D:導入ロードマップ(2週間スプリント想定)
Week1:規程内3択・担当ID・台詞カード配布/夜勤ロールプレイ
Week2:タイマー運用・打切り宣言の練習/退去要請フロー検証
KPI:長時間拘束の発生件数/書面切替率/再燃率/従業員心理安全性スコア


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