カスハラ対策『残高照会の向こう側 — 銀行窓口編』

登場人物

• 西田（窓口主担当）：落ち着いた一次応対。

• 東（副担当／後方事務）：規程・台詞カードの達人。

• 大槻（来店者）：要求が段階的にエスカレート。

• 支店長：最終判断と外部連携（法務・警備・警察相談）の権限。

• コールバックセンター担当（音声のみ）：本人確認・取引停止解除のハブ。

• ナレーション：実務＆法令の要点。

シーン1：午前10時、ロビーの窓口

大槻「いま全額下ろす。印鑑も通帳もないがすぐ現金だ」西田「ご来店ありがとうございます。大切なお取引のため、本人確認の手順を踏んでご案内します。本日の選択肢は三つです。①顔写真付身分証＋暗証で払い出し、②コールバックセンターで音声認証→一時限度額でATM払い出し、③再発行手続き（通帳・印鑑・キャッシュカード）」大槻「客は神様だろ。規程飛ばせ」

🔎 実務ポイント

• 最初に**規程内“三択”**で枠を固定（本人確認／音声認証／再発行）。

• 「神対応」ではなく預金者保護・不正防止の観点で説明。

• 応対ログ開始（時刻・要旨・選択肢提示・相手反応）。

シーン2：本人確認の線引き

大槻「保険証と名刺でいいだろ。暗証は忘れた」西田「写真付き公的身分証が必要です。暗証が不明の場合は音声認証の補助とコールバックでご本人様確認を進めます」大槻「責任者を呼べ。今すぐ現金だ」

（東が隣席＝二人体制へ）

東「以降は二人体制で承ります。本人確認の省略はできません。音声認証のご案内に移ります」

🔎 実務ポイント

• KYC（本人確認）の最低要件を台詞カード化（写真付き1点 or 組み合わせ）。

• 省略要求は個人裁量で扱えないと明言。

• 二人体制で心理的圧迫の分散＋記録の正確性を確保。

シーン3：“即時現金化”の圧

大槻「今日が支払いなんだ。土下座してでも出せ」西田「威迫にあたる表現はお控えください。改善がない場合、本日の窓口応対は終了し、書面と代表窓口へ切り替えます。最短は音声認証→一時限度額設定です」

（東、タイマーを置き、要点メモを読み上げる）東「説明は10分で区切ります。手順は①音声認証、②本人確認補助、③上限内払い出し の順です」

🔎 実務ポイント

• 注意喚起は1回→改善なければ打切り条件を宣言。

• 時間上限の見える化（10分＋選択5分）で長時間拘束の芽を摘む。

• “最短ルート”を言い切って主導権を回収。

シーン4：録音・撮影・名指し攻撃

大槻（スマホを向ける）「顔と名札を撮る。フルネームと直通を出せ。晒すぞ」東「店内での撮影はセキュリティ上制限があります。担当は名字＋担当IDでご案内します。個人連絡先の開示はいたしません。ご意見は代表窓口に一本化しています」大槻「ふざけるな」

🔎 実務ポイント

• 撮影方針（金融犯罪対策上の制限）を掲示・統一。

• 担当ID運用（名字＋ID、私物連絡先は非開示）。

• 代表窓口一本化で名指し攻撃の受け口を増やさない。

シーン5：取引停止口座（疑わしい入金）

（端末にアラート。東が後方事務へ回線）

東（小声）「新規の高額入金→即時引出のパターン。一時凍結の自動フラグ」西田「大変恐れ入ります。口座保護のための一時制限がかかっています。資金の出所確認書の記入とコールバックセンターでの確認が必要です」大槻「今すぐ全額だ！　上に繋げ！」

（支店長が合流）

支店長「不正送金対策指針に基づき、確認完了まで払い出しはできません。本日の現地応対はここまで。以降は書面と代表窓口でご案内します」

🔎 実務ポイント

• 疑わしい取引（AML/CFT）の説明は“預金者保護のための一時制限”で統一。

• 資金出所の書面＋コールバックで筋道を明確化。

• “上に繋げ”は経路一本化（代表窓口／法務）で止める。

シーン6：ロビーでの居座りと退去要請

大槻「納得いくまでここで話す。帰らない」支店長「店舗管理規程に基づき、退去を要請します。従わない場合は警備・警察に相談します」（警備員が控え、ロビーの動線を確保。大槻は舌打ちして退店）

🔎 実務ポイント

• 退去要請の定型文は一本化し、誰が言うか（支店長）を決めておく。

• 第三者の安全・業務継続（行列・高齢者等）を最優先。

• 事後にインシデント報告（時系列・発言・対応・関係者）を作成。

シーン7：落としどころ（翌日）

（大槻、必要書類を持参）

大槻「資金の出所確認を持ってきた。一部だけ引き出せるか」西田「ありがとうございます。確認済みの範囲で一部払い出しが可能です。残額は解除後のお渡しです。内容は合意書に記載します」東「案件番号で追跡し、訂正窓口（広報・法務）も明記します」

🔎 実務ポイント

• 合意書に：確認済み金額／残額の扱い／解除通知方法／窓口／再来店時の持ち物。

• 案件番号で履歴を一元管理し、再燃を抑制。

• 説明文はやさしい日本語版も添える。

エピローグ：締店後のふりかえり

東「タイマーと要点メモ、効きましたね」西田「人ではなく仕組みで守る。三択・KYC・時間上限・一本化・書面化・退去要請——明日も同じ台詞で」ナレーション「残高照会の向こう側にあるのは、信用を守る手順と記録だ。」

— 完 —

付録A：即使える台詞カード（銀行窓口版）

冒頭（三択提示）

• 「本日のご案内は三択です。①写真付身分証＋暗証で払い出し、②音声認証→一時限度額、③再発行手続き」

本人確認の省略要求

• 「本人確認の省略はできません。預金者保護のための手順です」

威迫・晒し示唆（注意→条件提示）

• 「威迫にあたる表現はお控えください。改善がない場合、本日の窓口応対は終了し、書面と代表窓口に切り替えます」

撮影・名指し

• 「店内撮影はセキュリティ上制限があります。担当は名字＋IDでご案内します。個人連絡先の開示はいたしません」

疑わしい取引（口座保護の一時制限）

• 「口座保護のため一時制限を行っています。資金出所のご確認とコールバックにご協力ください」

打切り宣言／退去要請

• 「説明は10分で区切ります。本日の現地応対はここまでです。以降は書面と代表窓口に一本化します」

• 「店舗管理規程に基づき、退去を要請します。従わない場合は警備・警察に相談します」

付録B：運用チェックリスト（最小セット）

• KYC台詞カード（必要書類・代替手段・音声認証）。

• 担当ID名札（名字＋ID）／私物連絡先非開示。

• 応対時間上限（10分＋5分）＋タイマー常備。

• 要点メモ様式（日時・要旨・選択肢・注意喚起・打切り宣言）。

• 撮影・録音ポリシー（店内掲示）。

• 疑わしい取引フロー（一時制限→書面→コールバック→解除／継続）。

• 退去要請フロー（定型文→警備→警察相談）。

• 案件番号管理／訂正窓口（広報・法務）連携。

付録C：規程・法令の目安（実務の使いどころ）

• 犯罪による収益の移転防止法（AML/CFT）：本人確認・疑わしい取引。

• 個人情報保護法：担当者・顧客情報の秘匿、記録管理。

• 預金者保護のための業界ガイドライン：取引停止・解除手順。

• 刑法（強要・威力業務妨害・不退去）：威迫・居座り時の相談根拠。

• 労働施策総合推進法：ハラスメント防止措置（体制整備）。

• 店舗管理規程：撮影・退去・警備連携・記録保存。

付録D：導入ロードマップ（1週間スプリント）

• Day1：KYC台詞カード／撮影・録音ポリシー掲示

• Day2：タイマー運用・打切り宣言ロールプレイ

• Day3：疑わしい取引フローの訓練／代表窓口一本化

• Day4：退去要請定型文の統一／警備・警察連携表

• Day5：案件番号運用・ふりかえり

• KPI：長時間拘束件数／書面切替率／再燃率／一次解決率／心理安全性スコア