カスハラ対策『金糸の境界 ― ラグジュアリー・ブティック編』
- 山崎行政書士事務所
- 9月20日
- 読了時間: 8分
登場人物
若月(ストアマネージャー):穏やかだが“線引き”は明確。
茅野(セールスアソシエイト):一次応対。誠実で丁寧。
木城(来店客):要求が段階的にエスカレート。
本社CS/法務(音声):窓口一本化と広報・法務連携を担う。
館(モール)警備:共用部の安全担当。
ナレーション:要点補足。
シーン1:返品要求—「未使用だから全額返金しろ」
木城「昨日買ったバッグ、気が変わった。全額返金だ。箱も無料で替えろ」茅野「ご検討ありがとうございます。店頭販売はクーリング・オフ対象外です。未使用・タグ付・購入日付内など当店の返品ポリシーに合致する場合は交換または返金を承ります。状態確認をさせてください」木城「気が変わったのに返せないのは不当だ。晒すぞ」
🔎 法令・指針のポイント
クーリング・オフは主に訪問販売・電話勧誘等で、店頭の任意来店購入は対象外。
消費者契約法:過剰に事業者不利または消費者一方的有利な条項は無効になり得る一方、“気に入らない”だけの返品権は法律上の当然権利ではない。店舗は明確な返品・交換ポリシーの掲示が必要。
景品表示法:過度な“実質タダ”提供は不当表示の温床。ポリシー準拠が安全。
シーン2:無断撮影・“影響力”で圧迫
木城(スマホを向けて)「顔と名札を撮る。フルネームと直通を出せ。インフルエンサーだ。無料で上位モデルに替えろ」若月(合流)「店内の撮影は他のお客様のプライバシー保護上、制限があります。担当は名字+担当IDでご案内します。個人連絡先は開示しません。規程外の無償アップグレードには対応できません。ご意見は本社CSにて承ります」
🔎 法令・指針のポイント
個人情報保護法:従業員のフルネーム・私物連絡先の開示は最小限が原則。
施設管理権:無断撮影制限・注意・退去要請の根拠。掲示とスタッフ台詞の統一が重要。
景品表示法:影響力を材料にした無償アップグレード強要は不当提供リスク。
シーン3:在庫・購入数制限と順番飛ばし
木城「限定色を3点全部押さえろ。今すぐ後ろの在庫を出せ。先に会計だ」茅野「限定商品の販売条件(お一人様◯点まで)を店頭掲示しています。順番制でご案内します。在庫・購入上限は規定通りです」木城「金は出す。客が神だろ」
🔎 法令・指針のポイント
約款・販売ポリシー:購入上限・抽選・順番制は公平確保のため合理。
業務妨害(刑法)リスク回避:列処理を乱す“順番飛ばし要求”は毅然と拒否。
差別的取扱いを避けるため、明文化+掲示が肝。
シーン4:偽造品の“返品”持ち込み
木城(別袋を出す)「これ、前にここで買った。返金しろ」若月(丁寧に検品)「製品シリアル・ロゴ刻印・縫製規格から当社製ではない可能性があります。購入記録をご提示いただければ再確認します。真正品と確認できない場合は買取・返金はいたしかねます。必要に応じて警察・知財窓口に相談します」
🔎 法令・指針のポイント
商標法/不正競争防止法:偽造品の流通は違法。真贋未確認の返金は不当・助長になり得る。
店舗実務:真贋チェック手順・購入記録確認・疑義時の社内通報/警察連携を定型化。
シーン5:支払い—高額現金と本人確認
木城「現金で一括。領収書に社員のフルネームを書け」茅野「高額現金の場合、防犯・会計上の本人確認やお支払い分割のご提案を差し上げることがあります。領収書の記載は会社名(屋号)・但書・金額が原則です。従業員のフルネーム記載はいたしません」
🔎 法令・指針のポイント
個人情報保護法:従業員フルネームの不必要な外部記載は回避。
犯罪収益移転防止法(参考):貴金属等の特定事業に該当する取引や高額現金は確認・記録が求められる場合あり(業態・金額要件は社内規程に従う)。
会計実務:領収書の必要記載事項を統一(社名・但書・金額・日付・発行者)。
シーン6:持ち物確認の依頼と“威迫”
(ゲートセンサー反応。スタッフが小声で声掛け)茅野「センサー反応がありました。お手荷物の確認にご協力いただけますか」木城「疑うのか。土下座しろ。絶対に開けない」
若月「協力は任意です。確認にご同意いただけない場合、施設管理上の理由から本日の販売・入店をお断りすることがあります。威迫表現はお控えください。必要に応じて館警備・警察に相談します」
🔎 法令・指針のポイント
任意確認が原則。強制開披は違法リスク(不法行為・名誉毀損・監禁等)—同意なき強制はしない。
現行犯対応(刑訴法213):現行犯盗犯と明白な事情がある場合は誰でも逮捕可。ただし過度拘束はNG、即時通報が基本。
施設管理権:入店拒否/販売お断りの判断は規定化し、差別的運用を厳禁。
シーン7:長時間拘束・“上に繋げ”要求
木城「納得いくまでここで話す。役員を出せ」若月「説明は10分で区切ります。要点は①返品・交換ポリシー、②撮影・個人情報の制限、③購入上限・順番制、④真贋確認の不可逆対応です。以降は書面回答と本社CSに一本化します」(タイマーを置き、要点メモを読み上げる)
🔎 法令・指針のポイント
労働施策総合推進法(ハラスメント防止措置):二人体制・時間上限・書面化で従業員を保護。
業務妨害(刑法)の予防:フロア占有・列滞留は区切り宣言で制御。
“上に繋げ”は本社CS・法務へ経路統一。
シーン8:退去要請と共用部安全
木城「帰らない。土下座して詫びろ」若月「館の管理規約/店舗管理規程に基づき、退去を要請します。従わない場合は警備・警察へ相談します」(館警備が同席。動線確保。木城は退去)
🔎 法令・指針のポイント
施設管理権:秩序維持のための退去要請は適法。
刑法(強要・威力業務妨害・不退去):威迫・居座り継続時の相談根拠。
事後:インシデントレポート(時系列・発言・対応・関係者)を作成。
シーン9:落としどころ(後日・本社CS経由)
木城(メール)「未使用・タグ付だから交換でいい。ポイントはそのまま適用で」本社CS「ありがとうございます。交換可否の条件(未使用・購入日・付属品)とポイント取扱い、領収書再発行の可否を合意書に記載します。事実誤認の訂正窓口も明記します」
🔎 法令・指針のポイント
合意書に:交換条件/付属品・タグ/日付制限/ポイント扱い/再発行可否/窓口。
再燃抑止:“できる・できない”を平易な日本語で明文化し、案件番号で履歴管理。
エピローグ:クローズ後のふりかえり
茅野「タイマーと“三択+掲示”、効きました…」若月「人ではなく仕組みで守る。三択提示・時間上限・書面化・一本化・退去要請・法令根拠の即答。明日も同じ台詞で」
ナレーション「金糸の境界は“気合”ではなく、法と記録と設計で織られる。」
— 完 —
付録A:即使える台詞カード(ラグジュアリー店舗版)
冒頭(三択固定)
「本日のご提案は三つです。①返品ポリシー内の交換、②返金(条件適合時)、③修理・メンテ受付」
撮影・個人情報
「撮影はプライバシー保護上制限があります。担当は名字+IDでご案内します。個人連絡先は開示できません」
購入上限・順番制
「限定品はお一人様◯点まで、順番でご案内します」
偽造品の“返品”
「真贋確認の結果、当社製と確認できない場合は返金不可です。必要に応じ知財・警察へ相談します」
支払い・領収書
「領収書は社名・但書・金額・日付の記載です。従業員のフルネームは記載いたしません」
持ち物確認・任意
「ご協力は任意です。ご同意が得られない場合、本日の販売・入店をお断りすることがあります」
威迫・晒し示唆(注意→条件提示)
「威迫に該当します。改善がなければ本日の現地応対を終了し、書面と本社CSに切り替えます」
打切り・退去要請
「説明は10分で区切ります。以降は書面回答と本社CSに一本化します」
「施設管理規程に基づき、退去を要請します」
付録B:現場チェックリスト(法令×運用)
掲示:返品・交換ポリシー/購入上限・順番制/撮影禁止・プライバシー表示
人:担当ID名札(名字+ID)/私物連絡先の非開示
手順:三択→注意→時間上限→書面化→一本化→退去の台詞カード
記録:対応要点メモ(日時・要旨・選択肢・注意・終了宣言)/保存期間・アクセス権限
真贋:検証チェックリスト/購入記録照合/社内通報・警察連携フロー
レジ:高額現金時の本人確認・複数名決裁/領収書統一ルール
安全:センサー反応時の任意確認→同意なければ販売中止/現行犯時は即通報
付録C:参照法令・指針(実務での使いどころ)
消費者契約法:不当条項の無効、過剰要求への線引き
景品表示法:過大提供・不当表示の抑止(無償UG等)
個人情報保護法:従業員・顧客の個人情報の最小化・適正管理
商標法/不正競争防止法:偽造品・模倣品対応(真贋・通報)
刑法(強要・威力業務妨害・不退去)/刑訴法213(現行犯逮捕):威迫・居座り・窃盗現行犯時の根拠
(参考)犯罪収益移転防止法:業態・金額に応じた本人確認・記録(社内規程で明確化)
館・店舗管理規程:撮影制限、退去要請、入店拒否の運用根拠


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