カスハラ対策『鍵と契約のあいだ — 賃貸管理編』
- 山崎行政書士事務所
- 9月20日
- 読了時間: 7分
登場人物
三浦(管理会社・窓口主担当):落ち着いた一次対応。
大野(副担当/リーシング・法務連携):規程・台詞カードが得意。
倉本(入居者):要求が段階的にエスカレート。
周辺住民・斜向かいの方(通称:隣人):苦情申告者。
管理責任者:最終判断と外部連携(警備・弁護士・消防・警察相談)。
ナレーション:要点の補足。
シーン1:管理窓口/退去精算の発端
倉本「敷金を全額すぐ返せ。ハウスクリーニング代も不当だ。鍵交換代も無料にしろ」三浦「ご来社ありがとうございます。退去精算は契約・国交省ガイドラインに基づきます。本日のご提案は三つです。①内訳根拠の開示(写真・見積・経年減価)、②再見積または立会い再確認、③争点を整理した上での合意書作成」倉本「全額だ。SNSに晒すぞ」
🔎 法令・指針のポイント
借地借家法/民法:敷金は「賃貸人の担保」で、原状回復費用等を控除した残額返還が原則。
国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』:経年劣化・通常損耗は賃貸人負担、入居者の故意過失・善管注意義務違反は入居者負担。クリーニング特約は明確合意・相当性が要件。
消費者契約法:消費者に一方的に不利な特約は無効になり得る。
実務は**「根拠開示→再確認→合意書」**の三段階で。
シーン2:夜間の騒音・苦情と“即時解約”要求
隣人「昨夜もうるさかった。管理会社で即時解約させろ」三浦「ご不便にお詫びします。**事実確認(時間帯・録音・複数証言)**を行い、まずは警告文と是正勧告を実施します。即時解約は契約解除事由の立証が必要です」
倉本「勝手に言うな。名誉毀損で訴える」
大野(合流)「双方の権利保護のため、事実の範囲のみを記録・通知します。人格攻撃・晒しはやめましょう」
🔎 法令・指針のポイント
契約解除(民法541等):信頼関係破壊に足る反復継続的債務不履行等の立証が必要。一発解約は困難。
管理規約・使用細則:静穏義務・迷惑行為禁止が根拠。是正勧告→改善確認→最終通告の段階を踏む。
名誉毀損/プライバシー:不必要な個人情報や評価表現を避け、事実の要点のみ通知。
シーン3:無断撮影・個人情報の要求
倉本(スマホを向ける)「担当の顔と名札を撮る。フルネームと直通を出せ。晒す」三浦「撮影は来客のプライバシー保護と施設管理上、制限があります。担当は名字+担当IDでご案内します。個人連絡先の開示はしません。ご意見は代表窓口へお願いします」
🔎 法令・指針のポイント
個人情報保護法:従業員のフルネーム・私物連絡先は最小限管理。
施設管理権:無断撮影の制限・退去要請の根拠。
運用:担当ID運用/代表窓口一本化で名指し攻撃の受け口を増やさない。
シーン4:鍵・入室の“即時対応”圧
倉本「今すぐ部屋に入れ。置き忘れた。合鍵を貸せ」三浦「身分確認と本人の占有確認が必要です。合鍵の一時貸与は不可。在管鍵での解錠は本人確認+立会い+費用同意の上、本人の承諾書をいただきます。夜間は防犯上、警備同伴です」
🔎 法令・指針のポイント
民法(占有保護)/プライバシー権:居室は最も強い私的空間。無承諾入室は違法リスク。
賃貸住宅管理業法・各社標準管理委託契約:緊急時以外の立入は入居者同意が原則。
鍵運用標準:本人特定(顔写真付き証、契約者本人か同居人か)、立会い・記録・費用の事前同意。
シーン5:設備不具合と“慰謝料”要求
倉本「給湯が一晩出なかった。ホテル代+慰謝料を全額払え」大野「不具合は当社負担で復旧します。賃料減額相当や実費相当の代替費用は契約・判例相場でご相談可能ですが、慰謝料の包括支払いは原則困難です」
🔎 法令・指針のポイント
民法(賃料減額・修補請求):目的物の一部使用不能時は賃料減額が原則論点。
判例傾向:**実費相当(代替宿泊・交通)**は状況次第、慰謝料は限定的。
火急の復旧+代替案提示+書面合意が基本線。
シーン6:長時間拘束と“上に繋げ”要求
倉本「納得いくまでここで話す。役員を出せ」三浦「説明は10分で区切ります。要点は①原状回復根拠の開示、②騒音是正の段階措置、③鍵・入室は本人確認と承諾書です。以降は書面回答と代表窓口に一本化します」(タイマーを置き、要点メモを読み上げる)
🔎 法令・指針のポイント
労働施策総合推進法(ハラスメント防止措置):二人体制・時間上限・書面化で従業員を保護。
業務妨害(刑法)の予防:フロア占有・列滞留は早期に区切り宣言。
「上に繋げ」は経路統一:代表CS/法務に一本化。
シーン7:退去要請と外部連携
倉本「帰らない。土下座して詫びろ」管理責任者「施設管理規程に基づき、退去を要請します。従わない場合は警備・警察へ相談します」(周囲の来客に配慮して導線確保。倉本は舌打ちして退去)
🔎 法令・指針のポイント
施設管理権:安全・秩序維持のための退去要請は適法。
刑法(強要・威力業務妨害・不退去):威迫・居座りが継続時の相談根拠。
事後:インシデントレポート(時系列・発言・対応・関係者)を作成。
シーン8:落としどころ(後日・合意形成)
倉本「……クリーニング代の一部減額と賃料の按分減額で合意したい」三浦「ありがとうございます。根拠(写真・見積・経年表・不具合発生日誌)と負担区分、今後の是正計画を合意書に記載します。誤情報の訂正窓口も明記します」
🔎 法令・指針のポイント
合意書に:費目・金額・根拠・返還期日/賃料減額期間/再発時の窓口。
国交省ガイドラインの経年減価表を引用して線引きを可視化。
案件番号管理で再燃を抑制。
エピローグ:日報ミーティング
大野「三択提示とタイマー、効きました」三浦「人ではなく仕組みで守る。三択→根拠開示→時間上限→書面化→一本化→退去要請。明日も同じ台詞で」
ナレーション「鍵と契約のあいだにあるのは、法と記録。それを“設計”として持っている現場は、揺れない。」
— 完 —
付録A:即使える台詞カード(賃貸管理版)
冒頭(三択固定)
「本日のご提案は三つです。①根拠開示(写真・見積・経年)、②再見積/再立会い、③争点整理の合意書」
騒音・苦情(即時解約を求められたら)
「即時解約は契約解除事由の立証が必要です。是正勧告→改善確認→最終通告の順で進めます」
撮影・個人情報
「撮影は施設管理上の制限があります。担当は名字+IDでご案内します。個人連絡先は開示できません」
鍵・入室
「合鍵の一時貸与は不可です。本人確認+立会い+承諾書+費用同意での解錠のみ承ります」
設備不具合(慰謝料要求)
「復旧は当社負担、賃料減額や実費相当は契約・相場でご相談可能です。包括的慰謝料の一括支払いは困難です」
打切り宣言/退去要請
「説明は10分で区切ります。以降は書面回答と代表窓口に一本化します」
「施設管理規程に基づき、退去を要請します。従わない場合は警備・警察に相談します」
付録B:現場チェックリスト(法令×運用)
原状回復:写真・動画・入退去チェックリスト・経年減価表(国交省)。
騒音対応:苦情台帳(日時・継続性・複数証言)/是正文テンプレ。
鍵管理:本人確認手順票/承諾書/夜間警備同伴フロー。
設備不具合:復旧SLA/代替提案(ヒーター貸与・仮住まい)/賃料按分表。
人の保護:担当ID名札/私物連絡先非開示/タイマー常設。
手順:三択→注意→時間上限→書面化→一本化→退去の台詞カード。
広報・法務:誤情報の訂正窓口/弁護士相談の連携表。
保存:インシデント記録・通話録音の保存期間とアクセス権限。
付録C:参照する法令・指針(実務の使いどころ)
借地借家法/民法:敷金返還、解除・損害賠償、賃料減額、修補請求。
国交省『原状回復ガイドライン』:負担区分(通常損耗・経年劣化/故意過失)。
賃貸住宅管理業法・標準管理委託契約:立入・鍵・緊急対応の権限。
個人情報保護法:従業員・入居者の個人情報管理、録音・記録の適正管理。
消費者契約法:不当条項の無効、過大な負担要求に応じる義務なし。
刑法(強要・威力業務妨害・不退去):威迫・居座り時の相談根拠。
建築基準法・消防法(関連):安全上の緊急立入(漏水・火災等)判断で参照。
自治体の迷惑防止条例:夜間騒音・嫌がらせへの対応根拠。


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