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日本死亡証明書――始発が国を殺した朝

午前六時十四分。

東京の朝が、白く消えた。

新宿駅の発車標も、東京駅の巨大スクリーンも、病院の待合室のテレビも、コンビニのレジ画面も、一斉に同じ文字を映した。

日本死亡証明書死亡時刻 午前六時十四分死因 忘却署名 ――未記入

その直後、東海道新幹線の上り列車が制御不能の獣のように走り抜け、防壁を削りながら脱線した。

山手線は環状の檻になった。駅を通過するたび、ホームにいた人々は悲鳴を上げた。ドアは開かず、車内の蛍光灯は明滅し、吊革が獣の牙のように揺れた。

首都圏の変電所が沈黙した。

川崎のコンビナートでは、夜明け前の空を裂くように火柱が上がった。千葉、四日市、堺、北九州でも、まるで見えない手が日本列島に赤い印を押していくように火災が広がった。

大田区の町工場では、油の匂いと焦げた鉄の匂いの中で、老人が叫んだ。

「うちの機械は、まだ動くんだ! 誰か、あいつを止めてくれ!」

だが誰も、何を止めればいいのか分からなかった。

警視庁刑事部捜査一課、佐伯蓮は、その時、味噌汁に箸をつけようとしていた。

スマートフォンが鳴った。

画面には娘の名前が出ていた。

陽菜。

「陽菜、どうした」

電話の向こうで、金属がこすれる音がした。人の泣き声。誰かが祈る声。

「お父さん」

十四歳の娘の声は、震えていた。

「山手線、止まらない」

佐伯は立ち上がった。椅子が倒れた。

「どこだ」

「たぶん、田町を過ぎた。でも駅、全部、通り過ぎてる。電気が変。隣のおばあちゃんが泣いてる」

「陽菜、お前は大丈夫か」

一瞬の沈黙。

「怖い。でも、私より怖がってる人がいる」

佐伯は唇を噛んだ。

亡き妻、真澄の口癖だった。

――自分より怖がっている人を見つけなさい。そうしたら、人は少しだけ強くなれる。

「陽菜、聞け。姿勢を低くしろ。周りの人と声を掛け合え。絶対に一人になるな」

「お父さんは?」

「行く」

「どこに」

「日本を止めに行く」

電話が切れた。

その瞬間、窓の外の街が暗くなった。

東京が停電した。

佐伯は拳銃と手帳を取り、玄関を飛び出した。廊下には近所の子どもが泣いていた。エレベーターは止まっている。非常灯だけが赤く点滅していた。

階段を駆け下りながら、佐伯は心の中で叫んだ。

――真澄。俺はまた、間に合わないのか。

六年前、妻は死んだ。

防災システム開発会社の技術者だった真澄は、ある晩、資料を抱えたまま火災現場で命を落とした。事故と処理された。佐伯はずっと、仕事を理由に妻の最後の電話に出なかったことを悔いていた。

その妻の声が、今朝の娘の声の中にいた。

警視庁本部は、すでに戦場だった。

無線は怒号で埋まり、巨大モニターには日本列島のあちこちで赤い点が増殖していた。鉄道、発電、通信、工場、物流。国の血管が次々と詰まり、破れ、燃えていた。

公安部の水上警視が、佐伯の前に駆け寄った。

「佐伯さん、C国です」

「断定か」

「ほぼ。画面に出ている文面、使用された痕跡、複数の中継点、すべてC国の工作機関《北斗局》の手口と一致しています」

「“一致している”と“犯人だ”は違う」

「今は哲学をやっている場合じゃありません!」

「哲学じゃねえ」

佐伯はモニターの赤い点を睨んだ。

「人が死んでる。だから、間違えるわけにはいかねえんだ」

その時、別のモニターに映像が出た。

山手線の車内。誰かがスマートフォンで撮影したらしい。照明が消えかけた車内で、女子中学生が老婆の手を握っていた。

陽菜だった。

佐伯の胸が裂けた。

だが次の瞬間、画面が乱れ、またあの白い文字に変わった。

日本死亡証明書死因 忘却次の署名者を探せ

署名欄に、一瞬だけ名前が浮かんだ。

佐伯は息を止めた。

津田真澄。

妻の旧姓だった。

「なぜ……」

水上が振り向いた。

「佐伯さん?」

佐伯は答えなかった。

死んだ妻の名前が、国を殺す犯行声明に現れた。

その時点で、この事件は単なるサイバーテロではなくなった。

日本のどこかに、六年前の火がまだ燃えている。

佐伯はそう直感した。

最初の手掛かりは、大田区の小さな町工場にあった。

《暁製作所》。

焼けたシャッターの前で、七十を過ぎた女社長、小柳タエが煤まみれの顔で座っていた。救急隊員が離れろと言っても、彼女は工場の前から動こうとしなかった。

「この工場は、親父の代からだよ」

タエは焦げた指で、ねじれた看板を撫でた。

「戦争で焼けて、地震で潰れて、それでも立て直した。だけど今朝の火は違う。火が、うちを知ってた」

「火が知ってた?」

佐伯が聞き返すと、タエは頷いた。

「うちの弱いところだけを舐めるみたいに燃えた。機械じゃない。恨みみたいだった」

工場の奥から、若い作業員が運び出された。軽傷だった。彼はC国から来た技能実習生で、タエが最後まで助けようとしていた男だった。

「社長、なんで俺を」

若者が泣きながら言った。

タエは怒ったように言った。

「馬鹿。国籍で燃える火があるか」

佐伯はその言葉に胸を突かれた。

焼け跡の中から、小さな金属片が見つかった。

朝日の形をした古いバッジ。

裏には、細い文字が刻まれていた。

HINODE

さらにその下。

津田真澄

佐伯の視界が揺れた。

「これは、妻の……」

タエが目を細めた。

「あんた、真澄さんの身内かい」

佐伯は顔を上げた。

「妻を知ってるんですか」

「知ってるよ。六年前、あの人はここへ来た。『日本は便利になりすぎて、壊れる音が聞こえなくなっている』って言ってた」

「何の話です」

「国の仕組みの話さ。電気も鉄道も病院も、全部が繋がって便利になった。でも、繋がりすぎたものは、一か所が腐ると全部腐る。真澄さんは、それを止めようとしてた」

タエは焦げた床に落ちていた紙片を拾った。

半分だけ焼け残った文字があった。

日本死亡証明書これは攻撃計画ではない。これは、警告である。

佐伯は立ち尽くした。

犯行声明だと思っていた言葉は、妻の警告文だった。

死んだはずの妻が、日本に死亡証明書を書いていた。

だが、それは日本を殺すためではない。

日本が死にかけていることを、誰かに知らせるためだった。

「佐伯さん!」

水上が叫んだ。

「近くの監視映像に、不審人物が映っています!」

映像には、黒いコートの男がいた。

細身。無駄のない歩き方。火災の十五分前、工場の前に立ち、監視カメラをまっすぐ見ていた。

水上が言った。

「C国工作員、黎暁。北斗局の実行部隊員です。偽名を使い、三日前に入国しています」

佐伯は画面の男を見た。

黎暁はカメラ越しに、こちらを見ていた。

まるで、佐伯を待っているように。

その夜、東京は地獄の底のようだった。

停電した高層ビルは墓標のように並び、遠くのコンビナート火災が雲を赤く染めていた。ヘリの音、サイレン、怒号。道路では信号が死に、車列が黒い川となって詰まっていた。

佐伯は月島の古い倉庫へ向かった。

黎暁の足取りが、そこへ消えていた。

倉庫の中は暗かった。非常灯の赤い光だけが、鉄骨を血の色に染めていた。

「出てこい」

佐伯が言った。

「C国の工作員さんよ。日本を殺した気分はどうだ」

暗闇から声がした。

「あなたたちは、いつもそうだ」

黎暁が現れた。

三十代半ば。冷たい目。だが、その奥に疲れがあった。

「外から来た敵のせいにすれば、内側の腐敗を見なくて済む」

佐伯は拳銃を向けた。

「黙れ」

「撃つのか」

「娘が山手線に乗ってる」

黎暁の表情が、わずかに変わった。

「それは気の毒だ」

「その言い方をやめろ!」

佐伯は距離を詰めた。

黎暁が動いた。

速かった。

佐伯の手首を弾き、拳銃が床を滑った。佐伯は肩からぶつかり、黎暁を鉄棚に叩きつけた。棚が倒れ、古い部品が雨のように降った。

黎暁は膝で佐伯の腹を打った。佐伯は息を詰まらせたが、そのまま男のコートを掴み、額をぶつけた。

二人は床を転がった。

拳。肘。膝。怒りと任務がぶつかり合う鈍い音。

佐伯は黎暁の襟を掴み、壁に押しつけた。

「何が目的だ!」

黎暁は血の滲んだ唇で笑った。

「日本に死亡証明書を出すこと」

「ふざけるな!」

「だが、私は署名者ではない」

佐伯の拳が止まった。

「何?」

黎暁は佐伯の腕を外し、距離を取った。

「北斗局は侵入した。情報を奪うために。脅すために。だが今朝、計画は奪われた」

「誰に」

黎暁はポケットから小さな金属筒を投げた。

佐伯は受け取った。

中には、真澄の写真が入っていた。

六年前の妻。まだ生きている。暁製作所の前で笑っている。

その隣に立っている男がいた。

内閣危機管理監、片桐宗一郎。

現在、日本政府の非常事態対応を指揮している男。

佐伯の上司たちが「国の盾」と呼ぶ男だった。

黎暁は言った。

「あなたの敵は、海の向こうだけにいるわけではない」

倉庫の外で爆発音がした。

佐伯が振り向いた瞬間、黎暁は消えた。

残された金属筒の底には、もう一つ言葉が刻まれていた。

ヒノデは、上からではなく、下から来る。

佐伯は片桐を疑った。

だが、相手は国家の中枢にいる。

証拠が必要だった。

水上と共に真澄の過去の資料を洗った。停電で使えない端末も多く、紙の記録を漁り、古い関係者に電話をかけ、人づてに追った。

そこで浮かび上がったのが、《HINODE計画》だった。

表向きは、災害時に鉄道、電力、医療、物流を連携させるための国家プロジェクト。

だが真澄は、その危険性を告発していた。

便利さのために、人間の判断を削りすぎている。

現場の声を無視している。

町工場の職人、駅員、変電所の技師、病院の当直医。そういう「名もなき人間たち」の判断を、中央の画面一枚で置き換えようとしている。

真澄の報告書の題名が、

日本死亡証明書

だった。

それは、国への呪いではなかった。

国への最後のラブレターだった。

だが報告書は握り潰され、真澄は死んだ。

そして六年後。

誰かがその警告を、犯行声明として蘇らせた。

佐伯は片桐に会いに行った。

場所は、地下深くにある政府の非常対策室。

入口で警備員が止めようとしたが、佐伯は警察手帳を突きつけた。

「娘が山手線にいる。通せ」

「規則で――」

「規則が人を救ったところを、俺はまだ見たことがない」

佐伯は押し通った。

対策室では、片桐宗一郎が巨大モニターの前に立っていた。銀髪。皺一つないスーツ。国そのものが背広を着ているような男だった。

「佐伯君」

片桐は静かに言った。

「勝手に入ってこられては困る」

「真澄を知っていましたね」

片桐の目がわずかに細くなった。

「優秀な技術者だった」

「殺したのか」

「事故だ」

「今朝のこれも事故か」

片桐はモニターを見上げた。

炎上する工場。脱線した新幹線。救助される乗客。泣き叫ぶ人々。崩れた朝。

「国家には、ときに痛みが必要だ」

佐伯は拳を握った。

「痛み?」

「この国は腐っている。老朽化した設備。人手不足。責任の押しつけ合い。平和という名前の眠り。C国の脅威は本物だ。だが国民は見ようとしない」

「だから燃やしたのか」

「目を覚まさせたのだ」

片桐は振り向いた。

「多少の犠牲は避けられない。大手術には出血が伴う」

佐伯は片桐に殴りかかった。

警備員が飛び込んできた。佐伯は一人を投げ、もう一人の腕を取り、床に叩きつけた。だが背後から押さえ込まれた。

片桐は乱れた襟を直した。

「君は熱い。だから使いやすい。国民も同じだ。怒りを与えれば、敵を欲しがる。敵を与えれば、命令に従う」

「C国を利用したのか」

「向こうもこちらを利用した。国とは、そういうものだ」

その瞬間、部屋の照明が落ちた。

非常灯が赤く灯る。

スピーカーから声が響いた。

「違う」

黎暁だった。

壁の影から現れた黎暁は、警備員を一瞬で倒し、佐伯の拘束を外した。

片桐は唇を歪めた。

「C国の犬が、なぜ邪魔をする」

黎暁は淡々と言った。

「犬にも、燃える子どもの匂いは分かる」

佐伯は黎暁を見た。

「お前……」

「勘違いするな。私は善人ではない。私はこの国から情報を盗みに来た。脅すために来た。だが、この男は国民を燃料にした」

黎暁は片桐を指さした。

「それは工作ではない。信仰だ。最も醜い信仰だ」

片桐は笑った。

「国を知らぬ者が」

「知っている」

黎暁の声が低くなった。

「国とは、母が泣く場所だ。どの国でも同じだ」

その言葉に、佐伯は一瞬だけ黎暁を敵として見られなくなった。

だが、時間はなかった。

モニターに新たな文字が浮かんだ。

最終署名まで、三分。署名者が確定すれば、日本死亡証明書は受理される。

片桐が言った。

「最終段階だ。全国の非常制御は中央に集約される。国民は、ようやく理解する。自分たちには強い国家が必要だと」

水上から無線が入った。

「佐伯さん! 山手線、脱線しました! ただし速度は落ちていたようです。救助活動中です!」

佐伯の心臓が止まった。

「陽菜は」

「確認中です!」

片桐が静かに言った。

「君は行くべきだ。父親として」

佐伯は動けなかった。

娘を助けに行きたい。

だが、ここで止めなければ、もっと多くの娘が、父が、母が、名もない誰かが燃える。

真澄の声が、記憶の奥から聞こえた。

――自分より怖がっている人を見つけなさい。

佐伯は片桐を見た。

「水上」

無線に向かって言った。

「全国の現場に伝えろ。中央の指示を待つな。自分の目で見ろ。現場の判断を取り戻せ。駅員、技師、医師、消防団、工場の職人、誰でもいい。自分の場所を守れ」

「そんな命令、通りません!」

「命令じゃない」

佐伯は叫んだ。

「お願いだ!」

その声は、非常回線を通じて、途切れ途切れに日本中へ流れた。

停電した駅の詰所で、老駅員が顔を上げた。

地方病院の当直医が、暗い廊下で懐中電灯を握り直した。

町工場の若い作業員が、焦げた機械の前で泣く社長を支えた。

コンビナートの消防隊員が、互いの名前を呼び合った。

山手線の車内で、血の滲んだ額の陽菜が、隣の老婆の手を握っていた。

彼女は父の声を聞いた。

「……お父さん」

近くで、C国から来た留学生の少年が震えていた。誰かが「お前の国のせいだ」と怒鳴った。

陽菜はその手を掴んだ。

「違う」

少年が泣きそうな顔で見た。

陽菜は言った。

「今は、誰の国かより、誰の手を離さないかでしょ」

その言葉を聞いた乗客たちが、少しずつ動き始めた。

倒れた人を起こす者。

泣く子どもに声をかける者。

外の救助隊へ光を送る者。

車内に、国籍も職業も年齢もない、小さな国が生まれた。

地下対策室では、片桐が初めて焦った。

「馬鹿な。中央統制を外せば混乱する」

佐伯は言った。

「混乱しても、人間は人間を助ける」

「理想論だ!」

「違う」

佐伯は片桐の胸ぐらを掴んだ。

「俺たちは、それしか持ってねえんだよ」

黎暁が片桐の端末を見た。

「最終署名が変わっている」

画面の署名欄に、文字が浮かび始めた。

片桐宗一郎。

ではなかった。

C国。

でもなかった。

津田真澄。

でもなかった。

そこには、無数の名前が流れていた。

駅員。看護師。整備士。工員。消防団員。バス運転手。コンビニ店員。通りすがりの老人。泣きながら誰かの手を握った中学生。

名簿は増え続けた。

最後に、白い画面が震えるように明滅した。

日本死亡証明書受理不可理由死亡者が、まだ他人を助けている

片桐は膝をついた。

「そんな……そんなものが国であるはずがない」

佐伯は静かに言った。

「それが国じゃないなら、俺はそんな国いらねえ」

黎暁は片桐を見下ろした。

「あなたは日本を守ろうとしたのではない。あなたが想像した日本に、現実の人間を捧げただけだ」

片桐は逮捕された。

だが、それで朝が元に戻ったわけではなかった。

新幹線は脱線した。

山手線も傷だらけになった。

コンビナートの火は、昼になっても消えなかった。

町工場は焼け、病院は混乱し、家族を失った人々は泣いた。

ニュースは「C国関与」「国内犯行」「政府隠蔽」「国家危機」と叫び続けた。

誰かを憎めば、少しだけ楽になれた。

だが憎しみは、燃え残った瓦礫を片づけてはくれなかった。

佐伯は救助所で陽菜を見つけた。

額に包帯を巻き、煤で顔を汚しながら、彼女は老婆に水を飲ませていた。

「陽菜」

彼女は振り返った。

一瞬、泣きそうな顔になった。

それから、強がるように笑った。

「お父さん、遅い」

佐伯は娘を抱きしめた。

今度は間に合ったのか。

分からなかった。

間に合わなかった人が、多すぎた。

腕の中で、陽菜が小さく聞いた。

「お父さん」

「なんだ」

「日本って、何?」

佐伯は答えられなかった。

国旗か。

領土か。

政府か。

法律か。

鉄道か。

電力か。

言葉か。

血か。

歴史か。

どれも違う気がした。

どれも、それだけでは足りなかった。

救助所の隅で、C国から来た留学生の少年が、老婆の背中をさすっていた。小柳タエが焼けた工場の作業員たちに握り飯を配っていた。警察官が、消防隊員が、知らない誰かが、黙って瓦礫を運んでいた。

佐伯はようやく言った。

「たぶん」

陽菜が顔を上げた。

「誰かが倒れた時に、知らない誰かが手を伸ばす。その手が何本も重なって、やっと国になる」

「じゃあ、国って弱いね」

「ああ」

佐伯は頷いた。

「だから、守らなきゃいけない」

夜明けが来た。

煙に汚れた空の向こうから、太陽が昇った。

それは勝利の朝ではなかった。

祝福の朝でもなかった。

死者は戻らない。

燃えた工場も、壊れた線路も、失われた信頼も、簡単には元に戻らない。

だが、陽はまた昇った。

国が勝手に蘇ったのではない。

人が、もう一度、国を作り始めただけだった。

その日の午後、警視庁に一通の封筒が届いた。

差出人はなかった。

中には、朝日の形をしたバッジが入っていた。

裏には、真澄の字でこう刻まれていた。

日本とは、完成したものではない。毎朝、誰かが直し続けるものだ。

佐伯は窓の外を見た。

焼けた東京の空に、ヘリが飛んでいた。

そのずっと下で、人々が歩いていた。

泣きながら。

怒りながら。

それでも、誰かの手を引きながら。

佐伯はバッジを握りしめた。

日本死亡証明書。

その署名欄は、まだ空白だった。

そしてその空白を埋める権利は、片桐にも、C国にも、犯人にも、国家にもなかった。

明日の朝、味噌汁を作る人。

駅のホームを掃く人。

焦げた機械を直す人。

隣の席の知らない老人の手を握る人。

そういう人間たちだけが、その空白に小さな字で書き込める。

まだ死んでいない。

と。

 
 
 

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