潮の鼓動 — 名古屋港の三日間(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月19日
- 読了時間: 7分
— 2023年7月、名古屋港・統一ターミナルシステム(NUTS)に対するランサムウェア攻撃(LockBit関与が広く報じられた事案)を骨格にした創作
00|火曜 06:31 止まったゲート
夜明け直後の名古屋港集中管理ゲート。夏芽は、ゲート係員の手元にあるパネルの応答が突然、海の底のように重くなるのを見た。トレーラーの列はいつも通り伸びている。NACCSからの照合も正常のはず——だがNUTSが沈黙した。風に混じって、港の匂い——鉄と潮とディーゼルの匂いが濃くなる。
「ゲートが返事をしない。」係員の声は低かった。「紙で切り替える合図、出します。」
夏芽は監視端末に手を伸ばし、名古屋港湾協会の運用室へ内線を入れた。画面の奥、CPUは平坦で、ログは急に静かだった。静かすぎた。
01|07:30 白い紙
システム専用プリンタから、勝手に紙が吐き出された。黒い四角いロゴと、乱暴な英語。
“Your files are encrypted...”脅迫は紙で来た。
夏芽の背筋が冷える。
「山崎行政書士事務所につないで。」
02|07:53 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が太い字で三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:NUTSの中核サーバ群を電源を落とさずにネットワーク隔離。仮想基盤のスナップショット、ログ、RAMダンプを一方向に吸い上げる。ドメイン管理者や保守ベンダーの常時特権はゼロにしてJIT特権へ切り替え。港湾内のSMBは境界で遮断。
伝える:三文で港湾関係者/船社/通関事業者へ同報。“確認された事実”(NUTSの障害とランサムウェア疑い)と**“可能性(仮説)”(リモート接続機器の脆弱性経由の侵入の線)を段落で分け、正午/17時に時刻で更新する約束。「支払い先変更メールは無効」を一文目**に置く。
回す:搬入出は紙の搬入票と無線で手動化。ヤードはホワイトボード、トップリフターは人の合図、保税管理は台帳へ。遅いけど確実に回す。
りなが頷く。「72時間の所管報告の時計も回します。“声は鍵”(折り返し+二名承認)を全窓口に。」
奏汰(そうた)は港のネットワーク地図に赤を走らせた。「プリンタに脅迫文を吐かせるのはお約束だ。MBRや仮想基盤の暗号化が同時に走る。LockBitの手癖に近い。」**悠真(ゆうま)**が短く言う。「鍵をくれと言われても、連絡しない。落とさず、戻るための証跡を残す。」
03|08:16 再起動できない
サーバ室に入った技術者が肩をすくめる。「再起動が完了しない。」仮想基盤の画面には、見慣れない拡張子の暗号化されたVMDKが並ぶ。NUTS-Webもゲート端末もヤード端末も、別の言語で喋りだしたかのようだった。
夏芽はゲート小屋へ戻る。港湾警備が構内の安全停止を回し、係員は紙の束を渡し合う。紙は遅い。でも、戻れる速さは紙から始まることを、夏芽は知っている。
04|09:03 四つの数字(第一次)
蓮斗(れんと)がホワイトボードに数字を書く。
MTTD(検知):約60分(06:30障害確認→07:30脅迫文印字)
一次封じ込め:約90分(隔離/スナップショット/JIT化)
暗号化範囲:物理サーバ基盤+全仮想サーバ群
作業影響:全ターミナルの搬入出停止/作業再開目標 48時間以内
律斗は短く言う。「勝ってはいない。でも**“間に合っている”**。」
05|正午 一次報
ふみかが三文を読み上げ、りなが語尾を揃える。
事実:名古屋港統一ターミナルシステム(NUTS)で障害。ランサムウェア感染が疑われ、サーバ群の隔離、証跡保全、JIT特権化を実施。影響(現時点):港内全コンテナターミナルの搬入出作業を停止。紙運用で安全確保。第三者提供(情報漏えい)の確認なし(継続調査)。次報:17:00。メールだけの依頼は無効、折り返し二名承認で対応。
怒号はない。時刻が不安の終わりをつくる。
06|午後 「眠ってから、燃やす」
侵入経路は一本ではない。ログは四月末から微かな呼吸を残していた。運用時間外にリモート接続機器へ軽いノック。六月のある夜、別のポートで跳ね橋が下りた形跡。悠真が言う。「眠らせて、見回って、燃やす。古典でも、効く。」
奏汰は境界を白に絞り、DNSの未知の連鎖を即死に落とす。やまにゃんの札が光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
07|水曜 07:10 紙の港
二日目。トレーラーは列を保ち、係員は搬入票のハンコを押し、無線でヤードに呼ぶ。トップリフターは人の合図で角度を合わせる。夏芽は古い船の航海日誌のような台帳に時刻を書き足す。遅い。でも、港は生きている。
りなは船社と通関事業者への文面を短く整える。
「本日午後、一部ターミナルでの再開を目標。安全最優先。」
08|水曜 12:00 帰属の名前
分析会社や海外メディアは、LockBitの名を挙げ始めた。りなは所外文面に慎重に付け加える。
「帰属について当方から言いません。公式発表に歩調を合わせます。私たちは“何が起き、何を止め、どう戻すか”だけを、時刻で言います。」
蓮斗の数字が更新される。
作業再開:翌日午前の一部ターミナル→本日夕刻に前倒し見込み
再構築:バックアップからの復元/更地(空の箱)へ段階移行
情報漏えい:現時点で確認なし
09|木曜 08:30 ヤードの歌い直し
更地に建てた新しい箱が歌い始めた。ゲート端末がIDを取り戻し、ヤードの地図が画面に戻る。夏芽は初荷のコンテナ番号を入力し、車番を読み上げる。
紙の端にじわりと汗がにじむ。オペレータが親指を立てる。港は再び、機械と人の二重奏を始めた。
10|木曜 18:15 全ターミナル再開
全ターミナルの作業再開。放送が風に流れ、クレーンのランプが暮色に光る。夏芽は空を見上げ、三日間の汗をようやく拭った。
りなは最後の文面を整える。
「復旧完了。原因・経路の詳細は継続調査し、是正策を時刻入りで公表します。」
11|その後の白図
国の会議で、名古屋港の三日間が白図になって配られた。07:30 脅迫文印字、08:15 再起動不可、14:00 暗号化判明、二日後18:15 全面再開。リモート接続機器の脆弱性という傷が消せない赤線でなぞられる。港湾セキュリティは、“便利の近道”に柵を足し、“戻れる速さ”に道を付け始めた。
12|講堂 “三つの時計”と三行
現場の時間(ゲート・ヤード・通関)
規制の時間(72時間と継続報告)
経営の時間(信頼・費用・是正)
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
奏汰は図を黒で縁取る。
“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”を分け、常時特権ゼロ/JIT特権。
リモート接続は短い白(必要宛先だけ)、多要素+端末証明。
バックアップはWORM、更地へ復旧できる演習を四半期に一度。
プリンタは紙の確認ループを戻すために残す——だが、勝手に喋らせない。
やまにゃんの札が静かに光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
13|エピローグ 港は紙で呼吸する
名古屋港は、紙と光で呼吸を取り戻した。便利は刃にもなる。紙は遅いけれど、戻れる速さを人の手に返す。夏芽は朝の空を見る。船は入り、箱は積まれ、街は回る。三日間の潮は、新しい柵と新しい道を残した。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・公的資料/主要報道・技術整理)
※物語はフィクションですが、骨格(2023年7月の名古屋港NUTSランサムウェア事案:07:30脅迫文印字/08:15再起動不可/14:00暗号化判明、全ターミナル停止→7月6日18:15再開、LockBit関与が広く報道、リモート接続機器の脆弱性の指摘、情報漏えい確認なし(当時公表))は下記に基づいています。


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