灰のスクリーン — ワイパーが踊ったスタジオの冬(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分

— 2014年の映画会社に対する破壊的侵入(“Guardians of Peace”/Destover/大規模漏洩と上映脅迫)を骨格にした創作
00|月曜 07:41 “灰色の壁紙”
湾岸に寄りかかる翡翠スタジオの撮影所。夏芽は第一編集室の前で赤い立入禁止テープを跳び越え、白い灰のような画面に立ち尽くした。
Hacked by GOPWe’ve already warned you.
再起動しても戻らない。マスター・ブート・レコードそのものが削り取られ、Windowsは記憶喪失になっている。「ワイパーだ。」夏芽は呟いた。「証跡は別線で吸い上げて。電源は落とさないで。LANから抜いて。」
「山崎行政書士事務所につなぐ。」編集長の声が震えた。
01|08:13 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を置く。
止める/伝える/回す
止める:撮影所LANの幹線を遮断。境界FWでC2疑いの宛先をドロップ、共有は即時オフライン。感染疑い端末は電源を切らずに隔離(揮発証跡のため)。
伝える:三文で役員/制作/配給/法務に同報。“事実”と“可能性”を段落で分け、時刻(正午/17時)を約束。**“支払い先変更メールは無効”**を最初に。
回す:編集・音響は孤島端末と物理搬送で遅いけど確実に継続。公開準備は紙台帳+復唱で回す。
りなが頷く。「破壊型。ここからは可燃物の除去だ。ITは戻すのではなく**“引っ越す”。」奏汰(そうた)は構成図に赤を走らせる。「共有サーバを横断するラテラル**、認証を掬う道具、そしてMBRワイプ。典型的なDestover系の動き。」悠真(ゆうま)が短く付け足す。「“出て行った後に壊す”。先に吸われている前提で動く。」
ふみかが一次報の三文を置く。
現状:一部端末で破壊的挙動(ワイプ)を確認。LAN分割/隔離を実施、証跡保全を開始。対応:編集・配給準備は孤島端末+物理搬送で継続。正午に一次報、17時に更新。お願い:“支払い先変更”などメールのみの依頼は無効。必ず電話二重確認。
「時刻は安心の枠。」りなが赤で丸をつけた。
02|09:02 “音のない爆発”
編集棟の二階で、モニタが順番に黒へ。ソース管理の共有に触れた端末はMBRが吹き飛び、再起動で遺言を残す。RDPのログは誰か別の手で操作された痕を示し、ドメイン管理への一段跳びが夜明け前に並んだ。
「“メールの晒し”が始まるかもしれない。」悠真。制作部の古い会議録、出演契約の草稿、社内のぶつかり合い。全部が燃料だ。
03|09:40 “上映しないなら終わりだ”という脅し
法務に英語混じりの脅迫文。公開予定のコメディ映画を取りやめろ、さもなくば——。配給統括の顔色が変わる。「劇場チェーンが連絡を待ってる。」
りなは広報台本を引き直す。「“安全最優先”の文言、“特定日時の上映可否は各劇場判断を尊重”、“代替配信の検討”。脅しに反応して**“痛点”**を晒さない。」
受付のカウンターには白い猫のマスコット。しっぽはUSB Type‑C。札には油性ペンで、
「遅いけど確実。」
04|10:22 “紙と声”で回す
編集チームは離れの試写室に孤島端末を四台立て、ディスクの受け渡しは二名承認+復唱。配給部は劇場リストを紙に出し、電話で安否を一本ずつ。制作は契約対応をファクスで回す。「“古い”を使うのは負けじゃない。**“戻れる速さ”**を作るやり方だ。」夏芽。
05|12:00 正午の報
ふみかが読み上げ、りなが段落を整える。
事実:一部端末で破壊的挙動(MBRワイプ)を検知。LAN分割/隔離、証跡保全を実施。編集・配給は孤島端末+物理搬送で継続。影響(現時点):個人情報・社内文書の第三者提供の確証なし(継続調査)。上映計画は安全最優先の原則で調整。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話二重確認。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作る。
06|13:18 “晒す”という第2の刃
午後、掲示板に社内メールの断片が出た。給与表、試写の酷評、雑談の毒。炎上の音が、工場扇のように回り始める。りなが広報チームに言う。「“恥”の話題は**“対策”で上書き**。具体と時刻、短文で連続更新。**“誰が悪い”**の罠に近寄らない。」
奏汰は境界をさらに絞る。「発信側を止めるのは難しい。こちらの**“出ていく線”はゼロにする。残りは法務と心理戦**だ。」
07|15:04 “電源を戻す順番”
復旧は再インストールではなく、“新しい箱”に引っ越す。
1段:ADと認証(最小構成/鍵束分割。全権管理者は廃止)
2段:編集・音響の作業島(外向き無し。搬送は人)
3段:配給・法務(外向き白リストのみ)自動更新は切り、“人の10分会議”でジョブを通す。
蓮斗(れんと)の四つの数字。
MTTD(検知):19分
一次封じ込め:52分
再構築進捗:段1完了/段2半ば
劇場からの回答:6割(“安全最優先で判断”)
08|17:00 二次報
封じ込め:LAN分割/隔離を継続、新環境(段1/段2)稼働開始。外向き白リストに移行。影響:編集・配給は継続。上映計画は安全最優先で順次案内。次:夜間に段3へ。72時間の報告線を維持。
律斗はペン先で小さく丸を描いた。「一次封じ込めは完了。次は**“残す”**。」
09|夜 20:22 “電話の壁”と“紙の川”
コールセンターには脅しの電話が断続的に来る。みおが攻撃者役で声を変える。「上映をやめろ。やめなければ——」夏芽は台本どおり返す。「録音します。安全配慮のため、内容は所轄へ共有します。」声は鍵にも刃にもなる。手続きを壁にすれば、刃は鈍る。
配給は紙で川を作り、劇場と二者復唱で流す。やまにゃんの札が小さく光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
10|二日目 07:15 “誰がやったのか”は、誰が言うのか
朝刊の一面に**“国家関与の疑い”。法執行機関が公式声明を準備している、という情報が走る。りなは所内にルールを落とす。「帰属は私たちが言わない**。公的発表に歩調を合わせる。私たちは事実と手順を言い切る。」
悠真はIOCを照合しながら言う。「Destoverの署名、C2の癖、共有に潜る手。技術の輪郭は似ている。」
11|三日目 11:40 “72時間”の線
PPC(個人情報保護委員会)への報告が二段落で確定する。
確認された事実:破壊的挙動(MBRワイプ)、LAN分割・隔離、証跡保全、段階的再構築、外向き白リスト、上映方針の安全最優先。
未確定(継続調査):第三者提供の有無・範囲、侵入の初期経路、外部発表との整合。
蓮斗の数字が緑へ寄る。
MTTD:19分 → 9分(監視窓の再設計)
一次封じ込め:52分 → 31分
段階復帰:段3完了
例外期限遵守率:98%
12|数週間後 “灰のスクリーン”の外側に
翡翠スタジオは編集島を新しい城に移し、“全部の鍵束”は誰にも渡さない設計に変わった。上映は安全最優先の決定で揺れ、後日、配信という形で世に出る。
夏芽は、最初に見た灰色の壁紙を思い出す。破壊は音がしない。でも、紙と声は音を持っている。遅いけど確実は、映画の時間をもう一度、こちらの手に取り戻した。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要技術・報道)
※物語はフィクションですが、骨格(2014年映画会社への破壊的侵入、Destover系ワイパー/横展開/MBR破壊、**“Guardians of Peace”**名義の脅迫・リーク、劇場上映への脅し、FBIによる帰属発表、US‑CERTの技術警報、後年の起訴状など)は以下に基づいています。
参考:FBIの帰属発表、US‑CERTの破壊的マルウェア警報と分析、DOJの起訴状、主要メディアの時系列記事やDestover技術解説を併記しました。


コメント