砂時計の遠心 — エアギャップの夏(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 7分
— 2010年に露見した“Stuxnet”系サイバー破壊工作(USB/複数ゼロデイ/署名偽装/PLCロジック改変→遠心分離機の異常回転→偽装監視)を骨格にした物語
00|月曜 06:42 静かに速く、速く静かに
砂漠のふち、白陵核燃料試験センター。千佳は運転卓でタービン音の“湿り”に気づいた。回転数の数字はいつも通り。けれど、床のどこかが細かく震えている。
RPM:安定振動値:安定アラーム:なし
「音が嘘をついてる。」現場(第2カスケード)から電話が入る。「配管が熱っぽい。でも計器は平常。」千佳は手順書を開き、保安係へ増員をかけた。山崎行政書士事務所の番号を指が探す。
01|07:15 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:エアギャップ側(工程LAN)の物理切離し。工程監視(DCS)と安全計装の片方向参照のみ残し、工程用エンジニアリング端末(EWS)は電源を落とさずLANから外す(揮発証跡保全)。
伝える:三文で所内・所管・周辺事業者に同報。“確認された事実”と“可能性(仮説)”を段落で分け、更新の時刻(正午/17時)を約束。
回す:カスケードを安全側に段階減速、手順票は紙運用へ。遅いけど確実に。
りなが補う。「72時間の法の時計を回します。**“支払い先変更メールは無効”**の一文を冒頭に。」
奏汰(そうた)は配線図に赤を走らせる。「工程側のPLCに余計な“手話”が入ってる気配。監視値が平穏なのに機械の息が乱れるのは、見せかけの可能性が高い。」悠真(ゆうま)が頷く。「“画面に嘘”、“現物に本当”。監視が後から描かれている。」
ふみかが三文の一次報を置く。
現状:一部設備で体感振動の増大を確認。計器は平常だが工程LANを切離し、安全側停止を開始。対応:紙手順で段階減速、EWS隔離、証跡の一方向保全。正午に一次報、17時に更新。お願い:“支払い先変更”などメールのみの依頼は無効。必ず電話で二重確認を。
受付カウンターの白い猫のマスコット(やまにゃん)が、しっぽのUSB Type‑Cで小さく光る。札には太い字で——
「遅いけど確実。」
02|08:10 “音”は嘘をつかない
第2カスケードの床下で、配管が小刻みに泣く。千佳は紙の回転計を見た。針が、ほんの少し、速い。DCSの画面は平穏のまま。“緑色の嘘”が静かに塗られている。
悠真が隔離EWSのログから斑点を拾う。「見慣れないドライバ。システム署名が本物みたいに見える。昨日の時刻で入ってる。」奏汰が眉を寄せる。「誰かが**“正規に見える箱”を被せ**、PLCに別の“楽譜”を差し込んだ**匂い。」
03|09:02 砂の中の針
蓮斗(れんと)が四つの数字を置く。
MTTD(検知):33分(体感異常→工学的再確認)
一次封じ込め:48分(工程LAN切離し/EWS隔離)
段階減速:カスケード2→50%、他は待機
外向き通信:ゼロ(遮断後)
律斗は短く言う。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
りながPPC向けのドラフトを二段落で整える。
確認された事実:体感振動の増大、工程LAN切離し、EWS隔離、署名偽装の疑い、紙手順での段階減速。
未確定(継続調査):第三者提供の有無・範囲、PLCロジックの改変成否、初期侵入経路。
「混ぜない。事実と可能性を同じ文に置かない。」りな。
04|10:11 “空気の壁”の向こう側
現場係が静かに言う。「USBが一昨日、工具の納入で一本。検査記録はある。」悠真は頷く。「エアギャップは壁だが、扉はある。差し込まれた刃は**“アイコンを見るだけ”で目を覚ます**——昔の窓の古い切り傷に似てる。」
奏汰は**“見せかけの監視”**の筋を紙に描く。
現物(PLC)←→DCS(監視)“影”が間に入り、現物の動きは速く/遅くされ、監視には平穏が再生産される。
千佳は第2カスケードをさらに減速し、停止へ向けた呼吸を合わせた。
05|12:00 正午の報
ふみかが読み上げ、りなが段落を整える。
事実:工程の体感異常により安全側停止を開始。工程LAN切離し/EWS隔離、紙手順で段階減速。監視値に不整合(平穏表示だが現物異常)。影響(現時点):製造停止、第三者提供の確証なし(継続調査)。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話二重確認。
怒号はない。時刻が不安の終わりをつくる。やまにゃんの札は変わらない。
「遅いけど確実。」
06|13:20 “楽譜”を剥がす
隔離EWSから工程の“楽譜”(PLCロジック)を抜き取り、黄金のロジックと差分を取る。悠真が指先で示す。「微妙な加減速の挿入、センサー値の再生。“揺らして壊す”の設計だ。」奏汰は現物の配線を紙に描き直し、参照を片方向に固定。“書く鍵/読む鍵/運転の鍵”を三束に分ける。
例外には期限。48時間で自動失効。延長は**“10分会議”**で。
07|15:05 “正規の顔”を被る者
りながまとめる。「正規の署名に似せた衣、複数の古傷(ゼロデイ)、USB逸走。工場を攻撃用の転送路にしない設計が要る。」蓮斗の数字が更新される。
段階減速:カスケード2停止/3~4待機
差分検出:ロジック差分 3件(加減速、センサ再生、タイミング挿入)
外向き通信:ゼロ継続
所管・周辺事業者通知率:100%
08|17:00 二次報
封じ込め:工程LAN切離し、EWS隔離、ロジック差分の一次把握、片方向参照の徹底。影響:製造停止継続。事故報告なし。次:夜間にロジックの“剥離”と再書込み(現場立会い・二名承認)、JIT特権(必要時のみ権限付与)を運用化。72時間の報告線を維持。
律斗はペン先で小さな丸を描く。「一次封じ込めは完了。残すのは手順と地図だ。」
09|21:30 “戻す”のではなく“引っ越す”
工程は新しい箱に引っ越す。自動更新は切り、“人の10分会議”を鍵にする。USBは片方向メディアに限定。検査のないアイコンは光らない。監視のダッシュボードに二つの新しい目が増える——“物理計測vs.監視値の乖離率”と“例外の期限切れ件数”。
夏芽が静かに言う。「鳴るべきアラートが、鳴る。」
10|二日目 07:05 砂時計を立て直す
冷間試験、段階起動。針は静かに目標を撫で、床は乾いた音に戻る。千佳は紙の回転計と画面を交互に見て、同じ数字を確認した。嘘は消え、砂時計は正しく流れる。
11|三日後 11:40 “72時間”の線
PPCへの報告が二段落で確定する。
確認された事実:体感異常、工程LAN切離し・EWS隔離、ロジック差分検出、再書込み、片方向参照、段階復帰。
未確定(継続調査):初期侵入経路の断定(USB起点の可能性)、第三者提供の有無・範囲、外部機関連携の結果。
蓮斗の数字。
MTTD:33分 → 12分(体感センサーと乖離監視の導入)
一次封じ込め:48分 → 29分
例外期限遵守率:98%
段階復帰:カスケード2→試運転再開
りなは三つで締める。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は時間で管理)二重に確かめる(画面の間に人の10分)
やまにゃんが小さく光り、札は変わらない。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
画面は戻った。だが、紙と耳を手放さない。遠心はまた歌い、砂は正しい方向へ落ちていく。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/技術分析・主要報道)
※物語はフィクションですが、骨格(2010年に露見した Stuxnet:USB経由の侵入、複数ゼロデイの悪用、Realtek/JMicron署名悪用、Siemens Step7/S7‑PLCロジック改変、遠心分離機の加減速と監視値偽装、ICS‑CERT・MSRC・主要研究者の分析)は以下に基づいています。
https://www.symantec.com/content/en/us/enterprise/media/security_response/whitepapers/w32_stuxnet_dossier.pdfhttps://www.cisa.gov/uscert/ics/alerts/ICS-ALERT-10-301-01Ahttps://learn.microsoft.com/en-us/security-updates/securitybulletins/2010/ms10-046https://learn.microsoft.com/en-us/security-updates/securitybulletins/2010/ms10-061https://securelist.com/stuxnet-under-the-microscope/57652/http://www.langner.com/en/wp-content/uploads/2013/11/To-kill-a-centrifuge.pdfhttp://www.virusblokada.by/en/about/news/49/https://www.nytimes.com/2012/06/01/world/middleeast/obama-ordered-wave-of-cyberattacks-against-iran.htmlhttps://www.us-cert.gov/ics/content/recommended_practices
主な出典:Symantec の総合白書「W32.Stuxnet Dossier」、ICS‑CERT の警報・推奨、Microsoft のセキュリティ情報(MS10‑046/LNK、MS10‑061/Print Spooler)、Kaspersky・Langner の技術分析、VirusBlokAda の初報、NYT の背景報道 など。


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