秋分の断線 — カメラが吠えた金曜日(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分
— 2016年の Mirai ボットネットと Dyn への大規模 DDoS(IoT 機器の乗っ取り→DNS 基盤の麻痺→連鎖的障害)を骨格にした物語
00|金曜 20:06 “つながらないのは、うちだけじゃない”
蒼汀(あおてい)ニュースネット編集部。夏芽は、原稿の公開ボタンを押してからタイムアウトまでの長さに、指先の汗をにじませた。「ページがタイムアウトです。配信は?」「CDNは生きてる。オリジンも問題ない。……名前解決が遅い。」
名づけは呼吸だ。DNSが止まると、世界は自分の名前を忘れる。監視盤には**真っ赤な“SERVFAIL”**が増殖していく。山崎行政書士事務所の短縮ダイヤルに、夏芽の指が落ちた。
01|20:22 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:依存の切替。NS(二次系)の別事業者を即時有効化(レジストリ経由/最小 TTL)。ステータスサイトは別ドメイン・別 DNSで先行公開。
伝える:三文で社内/広告主/読者へ。“事実”と“可能性”を段落で分け、正午/17時の更新時刻を約束。**“支払い先変更メールは無効”**を最初に。
回す:速報は紙のように軽く。画像・動画は後追い。SNS/ラジオ提携で見出しだけを先行配信。遅いけど確実に。
りなが頷く。「72時間の法の時計も回します。再配信は別名(サブブランド)を使う。同じ名前は、いま重い。」
奏汰(そうた)が構成図に赤を走らせる。「DNS 基盤が殴られている。攻撃の体はIoT ボットの洪水。Miraiの影。」
悠真(ゆうま)は短く言う。「“カメラとレコーダー”が吠えている。こちらは名前を別の呼吸器につなぐ。」
ふみかが一次報の三文を置く。
現状:権威 DNS 事業者の障害により、蒼汀ニュースネットの名前解決に遅延・失敗が発生。二次系 DNSを有効化し、ステータスサイトを別ドメインで公開。対応:速報は文字中心で継続、画像・動画は後追い。正午に一次報、17時に更新。お願い:“支払い先変更”などメールのみの依頼は無効。必ず電話で二重確認。
「時刻は安心の枠。」りなが赤で丸をつけた。
受付カウンターには白い猫のマスコット。しっぽにはUSB Type‑C。札にはいつもの一行。
「遅いけど確実。」
02|20:55 “名前”の外で溺れる
DNSは地図であり、呼吸だ。世界のどこかで、小さな黒い箱が何十万台も同時に叫ぶ。既定のパスワード、開けっ放しの扉、そのままの名札。Miraiは名前を覚えた子鬼のように、古い装置を数珠つなぎにして走る。
蓮斗(れんと)が四つの数字を置く。
MTTD(検知):18分(SERVFAIL・遅延の増加)
一次封じ込め:41分(二次系 DNS 有効化/ステータス分離)
復旧率(解決成功):27% → 63%(TTL の更新伝播中)
読者到達:SNS/ラジオで速報 82%
律斗は短く言う。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
03|21:33 波の背で
二次系 NSへ切替が伝播するまで、時間は味方にも敵にもなる。奏汰はレジストリに接続し、NS セットを最短構成へ。CDNの別名も別ドメインへ退避。悠真はクエリの長さと偏りを眺める。「単純に帯域じゃない。“名前”そのものを叩く。Dyn級の骨でないと窒息する。」
夏芽は原稿を見出しに削る。"3行の要旨→続きは後で"。編集は紙面のように軽くなった。
04|22:20 “彼らの道具”の構造
攻撃は普通の装置を悪用する。家庭のカメラ、録画機、安価なルータ。彼らは既定の鍵を回し、中に入る。一斉の叫びは、DNSやDDoS 保護の壁を正面から押す。ソースが掲示板に落ちると、亜種が増える。“似た刃”を誰もが手に入れる。
りなは広報台本の二段落を再確認する。
確認された事実:権威 DNS 事業者の障害、二次系 NSへの切替、ステータス別ドメイン公開、速報の簡素化。
未確定(継続調査):第三者提供の有無(現時点でなし)、他社障害の波及、再発火の可能性。
「混ぜない。事実と可能性を同じ文に置かない。」
05|23:58 “別名”の息
日付が変わる直前、別ドメインのステータスに人が集まった。
“DNS 基盤障害のため、画像・動画は遅延します。文字速報は更新中。”怒号は少ない。短文と時刻が不安を削る。
やまにゃんの札がひかり、ふみかが反復する。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
06|翌朝 06:35 “別の呼吸器”が開く
TTLが一斉に剥がれ、二次系 NSに視線が集まる。復旧率は78%、SNSとラジオの穴埋めは縮む。広告主には朝一の三文が届く。
事実:名前解決の遅延は改善。二次系 NSが優先で応答。影響:画像・動画の遅延は24%(下がり傾向)。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効。
奏汰は次の台を組む。「別の事業者で第三系 NSを登録、ステータスは非常用の**“短い名前”に。攻撃は第二波**が来る。」
07|10:12 “第二波”の影
世界には別の叫びが生まれていた。個人ブログが大洪水に飲み込まれ、ホスティング事業者が肩を並べる。“かつて見た最大級”という比喩が朝のうちに古くなる。
蓮斗の四つの数字が更新される。
解決成功率:78% → 91%
速報到達:SNS/ラジオ 96%
読者問い合わせ:ピーク比 −63%
広告表示率:段階回復中(−18%)
08|12:00 正午の報
ふみかが読み上げ、りなが段落を整える。
事実:二次系 NSへの切替伝播は完了間近。第三系 NSを登録、非常用ドメインでステータスを継続。影響(現時点):一部の読者環境で画像・動画遅延。文字速報は通常。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話二重確認を。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作る。
09|14:40 “カメラの静けさ”
DDoS 保護事業者から連絡が届く。
「トラフィックの山は下り坂。」Miraiの群れは一度引く。だが、種は残る。既定の鍵は一晩で直らない。ソースは外にある。
りなはポストモーテムの骨を書く。「“私たちの名前”を別の呼吸器に繋ぐまで41分。読者の息はつながった。」
10|17:00 二次報(収束)
封じ込め:二次系/第三系 NSで安定、非常用ドメインの運用を継続。影響:残留遅延は限定的。広告配信は**−7%まで回復。次:翌朝に“名前の多重化”の恒久化**、TTL 設計の見直し、“外の呼吸器”(複数事業者)を常態化。
律斗はペン先で小さな丸を描く。「一次封じ込めは完了。残すのは手順と地図だ。」
11|一週間後|ポストモーテム「カメラの洪水を越えて」
講堂に三つの時計が並ぶ。
現場の時間(配信・読者・広告)
規制の時間(72時間)
経営の時間(信用・コスト・再発防止)
蓮斗の数字。
MTTD:18分 → 9分(SERVFAIL 率の監視を細分化)
一次封じ込め:41分 → 23分(二次系 NSの事前演習)
解決成功率:27% → 96%(3h)/→ 99%(12h)
例外期限遵守率:98%
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は時間で管理)二重に確かめる(名前と“別の名前”を持つ)
夏芽はやまにゃんの札を見て笑った。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
カメラの洪水は、名前を奪った。けれど別の呼吸器を持つことで、私たちは声を戻した。Miraiの子鬼はどこかにまだいる。だから、名前はひとつだけにしない。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要技術・報道)
※物語はフィクションですが、骨格(Mirai による IoT 機器の乗っ取りとボット化、2016/10/21 の Dyn への大規模 DDoS による広域障害、KrebsOnSecurity/OVH 等への先行大規模攻撃、Mirai ソースコード公開・容疑者の起訴/有罪答弁・量刑、運用面の教訓)は以下を参照しています。


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