紙の問い — 背景調査の冬(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分

— 2015年「OPM(米人事管理局)大規模流出:SF‑86等の身辺調査データと指紋記録の窃取」を骨格にした創作
00|22:14 静かな窓口
県庁外郭・広域人事審査センター。夏芽は、夜勤の静けさのなかで“身辺調査票”の受け付けログを眺めていた。申請者のブラウザから数MBのPDFが届き、ウイルス対策が淡々と頷き、ストレージへ格納される。——ふつうは、それだけだ。
今夜は違う。外へ出て行く通信が呼吸のように続いていた。業務上の連絡先ではないドメインへ、一定間隔で薄い塊が押し出されていく。「ミラー? バックアップ? ……予定にない。」脳裏に、どこかで読んだ過去の事件がよぎる。紙の質問が資産になることを、私たちは忘れがちだ。
夏芽は画面を閉じ、山崎行政書士事務所の番号を押した。
01|22:49 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:調査票ポータルを孤島化。外向きは白リスト以外遮断。管理系アカウントは即時パス回転+二要素、委託先VPNは一旦遮断。
伝える:三文で現場・役員・所管に同報。“確認された事実”と“可能性(仮説)”を段落で分け、時刻(正午/17時)を約束。
回す:受理・照会は孤島端末+紙運用へ遅いけど確実に切替。出力は一方向USB、戻さない。
りなが付け足す。「72時間の法の時計を同時に回します。**“支払い先変更メールは無効”**を最初の三文に必ず。」
奏汰(そうた)は構成図に赤を入れた。「外のどこかに“似せた名前”の見張り小屋が立ってる。そこへまとめた束を押し出している。委託先の資格情報から転がされた可能性が高い。」悠真(ゆうま)は頷く。「“静かな期間”があった匂い。ドメイン、認証、ストレージの鍵束を職務で分けるところから。」
ふみかが一次報を置く。
現状:身辺調査票ポータルで不審な外向き通信を確認。該当系を孤島化し、外向き白リスト運用へ切替。証跡保全を開始。対応:受理・照会は継続(孤島端末+紙運用)。正午に一次報、17時に更新。お願い:“支払い先変更”などメールのみの依頼は無効。必ず電話で二重確認を。
「時刻は安心の枠。」りなが赤で丸をつけた。
02|23:31 “似せた名前”の向こう
外向きの薄い脈動を辿ると、本物そっくりのドメインが待っていた。“official‑security”と名乗りながら、公式のDNSにはない。悠真は静かに言う。「門番の横に、よく似た門。そこに束を溜める。昼間は控えめ、夜に太くなる。」
蓮斗(れんと)が四つの数字を掲げる。
MTTD(検知):37分
一次封じ込め:1時間06分(孤島化/白リスト化)
外向き束:遮断後ゼロ(継続観測)
委託先経由の認証:失敗ログ増(凍結済)
律斗は短く言った。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
03|翌朝 06:28 紙の重さ
夜明け。窓口には紙の束が戻る。夏芽は承認票を二枚重ね、口頭復唱する。「氏名、生年月日、過去十年の住所」「勤務先、家族、渡航歴、財務」紙は遅い。けれど、確実だ。
受付のカウンターには白い猫のマスコットが座る。しっぽはUSB Type‑C。札には太い字で、
「遅いけど確実。」
04|09:12 “静かな期間”の計算
ログを逆算すると、数か月単位の薄い往復が見えた。調査票の写し、指紋のテンプレート、照会の添付。一つひとつは小さな石。でも、積めば山だ。りながホワイトボードに二本の線を引く。左は現場の時間、右は規制の時間(72時間)。「“確認された事実”と“未確定(継続調査)”は段落で分ける。数字は控えめに正確に。“最大で何件”と“確証がある件”を混ぜない。」
奏汰は鍵束を職務分割する。「申請を読む鍵」「保存する鍵」「外へ出す鍵」。全部を一人に渡さない。委託先へは**“必要最小限”**だけ。
05|12:00 正午の報
ふみかが読み上げ、りなが段落を整える。
事実:身辺調査票ポータルで不審な外向き通信を検知。孤島化/白リスト化、委託先経由の認証凍結、証跡保全を実施。影響(現時点):個人情報の第三者提供の確証なし(継続調査)。受理・照会は孤島端末+紙運用で継続。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話二重確認を。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作った。
06|13:40 “指”を止める
ヘルプデスクに不自然な電話が増えた。「トークンを無くした」「急ぎでPINを再登録したい」みおが攻撃者役で台本を読み上げ、夏芽は脚本の最初の一行で返す。「今の番号に折り返します。上長同席の10分会議で再登録します。」声は鍵になる。手続きで鍵穴を狭める。
07|16:18 “見ていたつもり”の治しかた
監視は青に戻りつつあるが、夏芽の眉間は解けない。「あの黄色い警告、“重要度:中”で毎晩出ていたのに、誰も踏み込まなかった。」りなは頷く。「“見ていたつもり”をやめる。緑/黄/赤の三色に**“時刻”と“責任者”を結びつける。例外には期限**、48時間で自動失効。」
蓮斗の四つの数字が更新される。
外向き束:遮断後ゼロ(24h)
委託先経由の認証:凍結継続
受理遅延:平均14分
顧客(申請者)通知率:100%(正午まで)
08|17:00 二次報
封じ込め:孤島化/白リスト化の継続、委託先資格情報の総入替、鍵束の職務分割、ヘルプデスク“折り返し+10分会議”の常態化。影響:受理遅延 平均12分。事故報告なし。次:夜間にクリーン再構築(最小構成/段階復帰)と監視ルールの本番適用。72時間の報告線を維持。
律斗はペン先で小さな丸を描く。「一次封じ込めは完了。残すのは手順と地図だ。」
09|21:15 復元ではなく、引っ越す
ポータルは新しい箱で立ち上がる。自動更新は止め、“人の10分会議”を必ず間に挟む。ログは書換不能の保全庫へ二経路で落ち続ける。外へ出す鍵と読む鍵は別々の鍵束に分けられ、全部の鍵は誰にも渡らない。
夏芽は紙の束を見やった。遅いが、確実だ。間に合わせるために必要な重さがある。
10|二日目 08:02 “数”で語る
りなは所管への報告に数字を置く。
検知まで:37分 → 12分(監視窓再設計後)
一次封じ込め:1h06m → 32m
委託先資格情報:総入替完了
例外期限遵守率:98%
ふみかはFAQに一行を足す。
「当センターは不当な要求には応じません。証跡の確保と関係機関との連携を優先します。」
11|三日後 11:40 “72時間”の線
PPC(個人情報保護委員会)への報告が二段落で確定する。
確認された事実:不審な外向き通信、孤島化/白リスト化、委託先資格情報の凍結・総入替、職務分割、代替運用からの復帰。
未確定(継続調査):第三者提供の有無・範囲、“静かな期間”の正確な開始、関係機関との照合。
やまにゃん(白い猫のマスコット)が受付でしっぽのType‑Cを光らせる。札には変わらない一行。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
紙の質問は、人の履歴だ。鍵束を三つに分け、例外に期限を置き、声に手続きを与えたとき——静かな期間は終わり、センターはもう一度、人のために回りはじめる。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/公的整理・技術解説)
※本作はフィクションですが、骨格(OPMの2014–2015年にかけての複数回の侵害、背景調査(SF‑86)や指紋等の流出規模、委託先資格情報の悪用、偽装ドメインを介する外向き通信、DHS/EINSTEIN等の検知、議会・監査の総括)は、以下の公的資料・主要報道・技術解説を参照しています。


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