紙の電信 — SWIFTの真夜中(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分
— 2016年「バングラデシュ中央銀行 SWIFT 不正送金事件(最大 $951M 試行→うち $101M 発信/$81M 流出・印字偽装・タイポで阻止・資金洗浄)」を骨格にした創作
00|金曜 23:11 止まったプリンタ
東亜国際銀行・決済オペレーション部。夏芽は、SWIFT 室のドアを開けて眉をひそめた。MT103/202の受信確認を打ち出す行末プリンタが、音をやめている。
“Paper Jam”だが紙は詰まっていない。ログには受信が並び、紙だけが黙る。
「山崎行政書士事務所につないで。」オペ責任者が言った。真夜中の送金窓は、人より手順が先に動く。
01|23:28 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:SWIFT 端末(Alliance Access)を孤島化。決済ゲートウェイとの直結を切り離し、決済メッセージの発信を停止。SWIFT プリンタは電源を落とさずLANから外し、揮発証跡を保全。
伝える:三文で経営/オペ/為替相手行に同報。“確認された事実”と“可能性(仮説)”を段落で分け、正時/翌正午の更新を約束。
回す:緊急送金は電話の二者復唱+コルレス先の折り返しで人の回線に乗せる。遅いけど確実に。
りなが付け足す。「72時間の法の時計も回します。“支払い先変更メールは無効”は最初の三文に入れてください。」
奏汰(そうた)は図に赤を走らせる。「端末の操作ログが間引かれ、プリンタだけが黙る。“発信の痕跡”を物理から消す手。過去の事例と同じ匂い。」悠真(ゆうま)は頷いた。「送金要求が複数、行先は同名義の口座に分散、時差はアジア→米国→マニラ。“夜”の人の薄い層を抜けるつもりだ。」
ふみかが三文を置く。
現状:SWIFT 室の印字停止と操作ログの不整合を確認。端末を孤島化し、決済の発信を停止。証跡保全を開始。対応:緊急送金は電話の二者復唱で継続。正時に更新、翌正午に一次報。お願い:“支払い先変更”などメールのみの依頼は無効。必ず折り返しと二名承認で確認ください。
受付の白い猫のマスコット(やまにゃん)が、しっぽのType‑Cで小さく光る。札には太い字で、
「遅いけど確実。」
02|23:57 見えない手がタイプする
SWIFT 端末の画面では、キーボードに触れていないのにフィールドが埋まる。宛先 BIC、受益者、金額、支払指図。監査ログは正常を装い、プリンタは証憑を黙殺。**蓮斗(れんと)**が四つの数字を掲げる。
MTTD(検知):19分(印字停止→オペ不整合)
一次封じ込め:41分(孤島化/発信停止)
不審メッセージ:複数(高額)/深夜帯集中
外向き実行:一部送出の可能性(照合中)
律斗は言った。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
03|土曜 00:21 “タイポ”が落とした錨
ニューヨークから照会が入る。
“SHALIKA FANDATION?”Foundation のつもりがFandation。二文字の誤植が検知の針を動かした。指図は保留、照会はルートを戻る。りなが低く言う。「人の目が止めた。“タイポ”は偶然でも、連絡線は訓練で作れる。」
別の指図はアジア圏へ滑り、マニラの銀行で口座が朝を待つ。
04|01:40 “紙の返電”
コルレス先へMT199(一般照会)、MT192(取消)、MT103/202の停止依頼が飛ぶ。電話でも復唱、名前と額とBICを二名で読む。夏芽はエンベロープ番号を指でなぞり、紙の返電を待つ。
奏汰は端末を開き、マルウェアの骨を拾う。「プリンタ監視を偽装し、ログを間引く。金融向けの特化型。過去に似た歯形がある。」悠真が頷く。「資金の道は口座→両替→カジノ。国によってはカジノがAMLの外にある。」
05|03:10 “取り戻せる金/戻らない金”
返電が戻る。一部は未実行で阻止、一部は着金済み。蓮斗の数字が更新される。
試行総額:約 $951M(推定)
送出:約 $101M(うち**$20Mは照会で停止**、$81Mが流出)
流出先:比国内銀行→カジノ等に分散
回収見込み:一部(継続)
CFOは額に手を当てる。「取り戻せる金/戻らない金を、今、分ける。」
06|06:30 “鍵束”の再設計
SWIFTの端末権限、決済指図承認、プリンタ監視、ログ保全。全部を一人に渡さない。りなは鍵束を三つに分ける図を描いた。
入力の鍵(オペレータ)承認の鍵(管理者)監査の鍵(独立の第三)
常時特権はゼロ、必要時だけ付与(JIT)。やまにゃんの札に、油性ペンで一行。
「声の鍵(折り返し+二名承認)。」
07|正午 一次報
ふみかが読み上げ、りなが段落を整える。
事実:SWIFT 端末で印字停止と操作ログ不整合を検知。孤島化/発信停止、照会・取消を実施。一部指図は阻止、一部は流出。影響(現時点):第三者提供は資金情報に限る(個人情報データベースは分離・無影響)。流出資金の追跡を継続。約束:夕刻に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話二者復唱を。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作る。
08|夕刻 “どこから入ったか”
ログを逆算すると、端末に外部の手が入ったのは数日前。人の PCが夜間に短い呼吸をし、端末の資格情報を掬う。RATは金庫ではなく窓を狙う。窓は人の机の上にある。
奏汰は端末環境を新しい箱へ引っ越し、旧環境は証跡として凍結。監視は**“別の目”で二重化**する(プリンタ独立監視/ログの WORM 保全)。
09|翌週 “誰がやったのか”は、誰が言うのか
各国の報道が名前を挙げ、技術分析は過去の痕と繋がる。りなは所内で確認する。「帰属はわたしたちが言わない。公的発表に歩調を合わせる。わたしたちは事実と手順を言い切る。」
蓮斗の数字。
MTTD:19分 → 8分(印字監視の独立化)
一次封じ込め:41分 → 27分
JIT特権:導入完了(常時特権ゼロ)
例外期限遵守率:98%
10|数か月後 回収の川と、裁きの紙
資金の一部は回収され、一部は海へ消えた。規制当局は制裁を科し、国は法を改め、捜査当局は起訴状で関与者を名指しする。業界はSWIFT CSP(Customer Security Programme)で“端末側の防衛”を標準化し、二者復唱と外部折り返しが儀式になる。
講堂に三つの時計が並ぶ。
現場の時間(送金・照会・取消)
規制の時間(72時間と継続報告)
経営の時間(信用・回収・再発防止)
りなは三行で締めくくる。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の間に**“人の10分”**)
やまにゃんは今日も受付で小さく光り、札には変わらない。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
紙の電信は、声で守られた。二文字の“タイポ”が偶然に錨となり、人の手続きが船を引き戻した。夏芽はSWIFT 室の新しいプリンタに耳を澄ませ、正しい音が続くのを確かめた。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要技術・公的整理・報道)
https://www.nytimes.com/2016/03/12/world/asia/swift-bangladesh-bank-robbery.htmlhttps://www.reuters.com/article/us-cyber-heist-bangladesh-idUSKCN0W82K1https://www.swift.com/news-events/news/swift-committed-to-customer-securityhttps://www.swift.com/myswift/customer-security-programme-csphttps://www.bis.org/cpmi/publ/d154.pdfhttps://baesystemsai.blogspot.com/2016/05/two-bytes-to-951m.htmlhttps://www.fireeye.com/blog/threat-research/2016/04/bangladesh-bank-heist.htmlhttps://www.justice.gov/opa/press-release/file/1080281/downloadhttps://www.bsp.gov.ph/Media_And_Research/Media%20Releases/2016_08/news-08152016a1.aspxhttps://www.theguardian.com/world/2016/may/26/bangladesh-bank-officials-defrauded-swift-hackershttps://www.kaspersky.com/blog/bangladesh-central-bank-heist/12166/https://www.imf.org/en/Publications/Departmental-Papers-Policy-Papers/Issues/2017/10/05/Cybersecurity-Risk-Supervision-45138
主な出典:NYTimes(「タイポが$1Bの送金を止めた」)、Reuters(時系列と資金の流れ)、SWIFTのCSP発表、BIS/CPMIのレポート、BAE Systems/FireEye/Kaspersky の技術分析、DOJ(2018年の起訴状)、フィリピン中央銀行の公表、IMFの金融当局向けサイバーリスク監督文書等に基づき、骨格(印字偽装/操作ログの間引き/$951M試行→$101M発信→$81M流出/“Fandation”の誤記で阻止/マニラ→カジノ洗浄/SWIFT CSP)を構成しています。


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