薄梅雨の回答 — 年金センターの六月(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月19日
- 読了時間: 6分
— 2015年「日本年金機構の情報流出:標的型メール→職員端末感染→情報系ネットワーク上の個人情報ファイルが外部へ持ち出し→6月1日公表→対象者の基礎年金番号を変更・コールセンター設置」を骨格にした創作
00|月曜 08:57 「出していないのに、出ている」
白楊(はくよう)年金センター・情報統括室。夏芽はネットワーク監視の端で、夜明け前だけ脈打つ外向きの帯域に気づいた。IDSは静かで、プロキシも波は立っていない。なのに、“人の暮らしが詰まったCSV”の在りかを知る情報系の共有から、細い線が外へ伸びては切れる。
「出していないのに、出ている。」
内線が鳴る。
「山崎行政書士事務所につないで。」
01|09:13 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を書いた。
止める/伝える/回す
止める:情報系ネットワークを外向き白リストに切替。該当セグメントを電源を落とさず隔離し、証跡(端末・サーバのメモリ/ログ/共有のスナップショット)を一方向で吸い上げる。常時特権はゼロ化、**必要時だけ(JIT)**に貸与。
伝える:三文の一次報を長官・所管・コールセンター準備班に同報。“確認された事実”(夜間の不審外向き)、“可能性(仮説)”(標的型メール起点→端末感染→情報系ファイルの持ち出し)を段落で分離。正午/17時に時刻で更新、「支払い先変更メールは無効」を冒頭に。
回す:届出受付は紙+面前確認へ迂回。外部照会は折り返し+二名承認、遅いけど確実に回す。
りなが頷く。「3日(72時間)以内の所管報告ラインも回します。文面は**“事実と言い切れることだけ”**。」
奏汰(そうた)が構成図に赤を走らせる。「基幹系(社会保険オンライン)は別島のはず。だけど業務の都合で“情報系”にコピーした個人情報が足場にされている匂い。」
悠真(ゆうま)は短く言う。「最初の扉はメール。“添付をご確認ください”の五文字で十分。」
受付の白い猫のマスコット(やまにゃん)が、しっぽのType‑Cを一瞬だけ光らせた。札には太い字。
「遅いけど確実。」
02|09:41 “春の置き手紙”
監査ログを遡ると、連休前の数日、複数の職員が似た書式のメールを受け取っていた。件名は業務連絡ふう、送信元は見覚えのある苗字。添付を開いた数分後、端末が外に一度だけ手を伸ばす。夏芽の背筋が冷えた。
「扉は、春のうちに開いていた。」
03|10:22 四つの数字(第一次)
蓮斗(れんと)が白板に数字を書いた。
MTTD(検知):34分(夜間の外向き脈→相関で特定)
一次封じ込め:58分(白化/隔離/証跡保全/JIT化)
想定影響:基礎番号・氏名・生年月日・住所を含むCSV群のアクセス痕
基幹系:不正到達なし(現時点)
律斗は短く言う。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
04|11:55 「暮らしの断面」が紙に載る
サンプルが机に置かれる。氏名、基礎年金番号、生年月日、住所。暮らしの断面が、画面ではなく紙に並ぶ。りなは低く言う。「これを**“番号”と“名前”**で済ませたら、嘘になる。」
05|正午 一次報(所外)
事実:夜間の不審外向きを検知。情報系セグメントの隔離/外向き白化/証跡保全/JIT特権を実施。標的型メール起点の可能性を踏まえ調査を継続。影響(現時点):基礎年金番号等を含むファイルのアクセス痕。基幹系への不正到達の確認なし(継続精査)。対応:対象者の番号変更と専用窓口の準備を開始。17時に更新。
怒号はない。時刻が不安の終わりをつくる。
06|午後 “二つの島の間の、近道”
本来、個人情報は基幹系に閉じている。だが業務効率の名のもとに、情報系へ**“一時コピー”が慣習になっていた。便利な近道は、刃にもなる。奏汰は二つの島の橋を焼き切り**、“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”に分割する図を描いた。常時特権はゼロ、必要時だけ(JIT)に短く貸す。貸与の記録は消せない箱へ。
07|17:00 “言い切る”更新
封じ込め:白化/隔離/証跡保全/JIT化を維持。標的型メールに対する訓練・遮断を即時展開。影響:基礎番号+氏名(数万件)/+生年月日(百万件超)/+住所(数万件)の公表カテゴリーで整理準備。次:対象者の基礎番号を順次変更、専用コールセンターで個別案内。“現金・ATM・電話で番号確認”は行わない旨を繰り返し周知。
やまにゃんが札を揺らす。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
08|数日後 コールセンターの声
専用窓口が開く。番号変更の案内、不審電話への注意、記録の保全。夏芽は台本を見直し、“こちらから金銭や操作を求めない/ATM操作の依頼はしない”を一行目に置いた。番号は変わるが、記録は変えない。暮らしが連続するように。
09|数週間後 数字が出る
公表は段階だった。
約125万件。内訳は、基礎年金番号+氏名、+生年月日、+住所の三段。基幹系への不正到達は確認されず。だが、情報系に置かれた**“便利のコピー”が刃**になった事実は、動かない。
蓮斗の数字が更新される。
MTTD:34分 → 12分(夜間外向きの常設相関)
一次封じ込め:58分 → 33分
常時特権:ゼロ(JIT化完了)
例外期限:48時間で自動失効 98%遵守
10|講堂 “三つの時計”
現場の時間(受付・審査・案内)
所管の時間(速やかな報告と継続更新)
経営の時間(信頼・是正・再発防止)
りなは三行で締めた。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
奏汰は黒いペンで縁取る。
二つの島(基幹/情報)の橋は最小・記録付きに。
“便利のコピー”は禁止、“必要な最小”だけ署名付きで運ぶ。
出口は白だけ、ログはWORMで二経路。
夏芽は紙の台帳に最後の印を押した。遅いが、戻れる速さはここにある。梅雨の雲は低い。だが、答えは白い紙から始まる。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・公的資料・主要報道・技術整理)
※物語はフィクションですが、骨格(2015年の日本年金機構における標的型メール起点の情報流出、約125万件、基礎年金番号の変更・コールセンター設置、基幹系への不正到達は確認されず、情報系に置かれたデータの持ち出し)は以下を参照しています。
主な点:厚労省の公表に、“5月28日に判明/6月1日公表/約125万件”、番号変更・コールセンター設置が明記。年金機構のプレス/報告書が調査結果と対応を整理。Reutersが内訳(番号+氏名/+生年月日/+住所)と基幹系への不正到達なしの説明を報道。LACの技術整理が**“情報系コピーが刃になった”**構造を補足しています。


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