金曜の救急 — WannaCryの待合室(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分
— 2017年春のランサムワーム「WannaCry / WannaCrypt」(MS17‑010/SMBv1/キルスイッチ)を骨格にした物語
00|金曜 15:41 赤い待合室
青藍(せいらん)市立医療センターの救急外来。夏芽は受付の端末が一斉に赤い壁紙へ変わるのを見た。
“Ooops, your files have been encrypted!”“Payment will be raised in 3 days.”
カルテ表示は止まり、レントゲンのリストは開かない。電話が鳴り、院内メッセンジャが震え続ける。
「山崎行政書士事務所に繋いで。」
01|15:58 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:LANを病棟/画像/事務で粗分割。445/TCP(SMB)を境界で遮断、SMBv1を全域で無効化。感染疑い端末は電源を切らずにLANから外す(揮発証跡のため)。自動更新は止めず、緊急の安全パッチ(MS17‑010)を段階適用。
伝える:三文で院内/保健所/消防に同報。“確認された事実”と“可能性(仮説)”を段落で分け、正時/17時の更新時刻を約束。**“支払い先変更メールは無効”**を最初に。
回す:トリアージは紙へ、処方は電話復唱+二名承認。放射線はポータブル優先、予約は翌日以降に組み直す。遅いけど確実に回す。
りなが補う。「72時間の法の時計を回します。“声は鍵”(折り返し+二名承認)を全窓口で発動。」
奏汰(そうた)は構成図に赤を引く。「SMBの古傷(MS17‑010)、自動の横展開、暗号化は同じ歌。WannaCryの匂い。」悠真(ゆうま)が頷く。「キルスイッチが外で掴まれば、波が鈍る可能性。だが、内部は自分たちで止める。」
ふみかが三文の一次報を置く。
現状:一部端末でランサムウェア表示を確認。SMB遮断/SMBv1無効化、感染疑いの隔離、緊急パッチ適用を段階で実施。対応:診療は継続(紙トリアージ/電話復唱)。正時に一次報、17時に更新。お願い:“支払い先変更”などメールのみの依頼は無効。必ず電話で二重確認を。
受付に白い猫のマスコット(やまにゃん)が置かれる。しっぽはUSB Type‑C。札には太い字。
「遅いけど確実。」
02|16:22 ポーターの足、紙のカルテ
救急は紙のカルテ台車を引き出す。看護師が二名で復唱し、処置を口頭記録する。院内PACSの画像は遅い。ポータブル機が病室を回る。夏芽は口腔外科と整形の衝突を一枚の紙で避ける。
蓮斗(れんと)が四つの数字を掲げる。
MTTD(検知):17分(最初の赤画面から)
一次封じ込め:43分(SMB遮断・SMBv1無効化・隔離)
感染疑い端末:27台(病棟12/事務10/画像5)
MRI/CT 稼働:60%(手順制限下)
律斗は短く言う。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
03|17:05 “支払えば戻る”は筋書きか
CFOが問う。「支払えば戻るのか。」悠真は首を振る。「確実はない。鍵の管理も拙い。病院は時間が貨幣だ。紙で回しきる設計に振る。」
りなは広報台本を整える。「“診療継続”、“緊急は優先”、“時刻で更新”。“犯人像”はわたしたちが言わない。公的発表に歩調を合わせる。」
04|18:40 外の空気が変わる
海外の研究者がキルスイッチを踏んだというニュースが飛ぶ。意味のない文字列のドメイン名が登録され、波が鈍る。内部では既に広がった火が燻り、外からの新しい火は薄くなる。
奏汰はパッチ適用の波を早め、夜間の段を二つに割る。古い機器には緊急の特別版を適用。やまにゃんの札が光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
05|19:55 “X線の白、紙の黒”
放射線科でX線が白く光り、紙に黒のインクが並ぶ。処方は電話で薬剤部へ、二名承認で投薬。救急は患者の順を付箋で回し、医師はポケットにボールペンを増やした。
06|21:20 “二つの目”
TLS復号プロキシの証明書は余裕がある。だが、監視の目を二系統にする。ログは書換不能(WORM)の保全庫へ二経路。アラートは色ではなく人に着信する。
蓮斗の数字が更新される。
MS17‑010 適用率:76% → 92%(4h)
感染拡大:止まる(新規ゼロ)
診療遅延:平均 17分 → 9分
例外期限遵守率:98%
07|翌朝 06:40 土曜の静けさ
夜間の段が終わり、古いOSにも緊急の修正が当たった。新規の赤画面はない。救急は紙の束をやや薄くし、端末の青が戻る。夏芽は手洗い場でインクを落とし、やまにゃんの札を指で叩く。
「遅いけど確実。」
08|正午 一次報(院外向け)
事実:ランサムウェア(WannaCry)の影響により、一部端末が暗号化表示。SMB遮断/SMBv1無効化/段階パッチ、感染疑い隔離により拡大は停止。影響(現時点):診療継続。一部遅延あり。機微情報の第三者提供の確証なし(継続調査)。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話二重確認を。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作った。
09|14:15 「どこまで来ていたか」
ログを引き、端末の息を束ねる。445を探す呼吸が外からも内からも来ていた。春先のパッチは一部で見送られていた。りなは手順に三行**を足す。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の間に**“人の10分”**)
10|日曜 11:40 “72時間”の線
PPC(個人情報保護委員会)への報告が二段落で確定する。
確認された事実:ランサム表示、SMB遮断/SMBv1無効化/段階パッチ、感染疑い隔離、診療継続。
未確定(継続調査):第三者提供の有無・範囲、暗号化対象の内訳、外部機関連携の結果。
蓮斗の数字。
MTTD:17分 → 8分(赤画面/再起動監視の導入)
一次封じ込め:43分 → 26分
MS17‑010 適用率:100%
診療遅延:平均 6分(平常域)
律斗はペン先で小さな丸を描いた。「一次封じ込め完了。残すのは手順と地図だ。」
11|数週間後 “誰がやったのか”は、誰が言うのか
政府機関が帰属を発表し、起訴状が一人の名を挙げる。院内では、帰属はわたしたちが言わないという原則が守られ、事実と時間だけが記録される。講堂に三つの時計が並ぶ。
現場の時間(診療・安全・遅延)
規制の時間(72時間)
経営の時間(信頼・費用・改善)
夏芽は更新手順の一行目に太字を足す。
「SMBv1 は常に無効化。例外なし。」そして二行目に、変わらない一文。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要技術・公的整理)
※本作はフィクションですが、骨格(2017年5月の WannaCry/MS17‑010(SMBv1)/キルスイッチ/医療現場を含む世界的影響/政府機関の勧告・帰属/緊急パッチ提供)は以下に基づいています。
主要点:MS17‑010と緊急パッチ、CISA/US‑CERT の技術整理、NCSC/NAO/英政府による医療現場の影響と教訓、研究者によるキルスイッチ報告、米司法省の起訴・制裁発表など。


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