静岡伊勢屋 - 「エレガンスプラザの恋 〜ふたりの交差点〜」
- 山崎行政書士事務所
- 1月22日
- 読了時間: 4分

眩いスポットライトを浴びてランウェイを歩くモデルたちの後ろ姿を見送ると、私は舞台袖で大きく息をついた。グループ百貨店合同のファッションショーは盛況のうちに幕を下ろし、私がメインでデザインしたドレスも大きな拍手を浴びた。まだ心臓の鼓動が耳に響いているけれど、何よりも大きいのは成功への安堵と、これから先への期待だった。
静かにステージ脇を後にして控室へ向かう途中、スタッフに呼び止められる。「お疲れさま。主催側の上層部から直接話があるって。応接室に来てほしいって言われてるよ」 急に胸の奥が高鳴った。良い話か悪い話か、今の私には見当もつかない。でも、このチャンスを逃したくない思いが背中を押す。身なりを整え、会場奥の応接室へ向かった。
応接室ではスーツを着た重役らしき男性が、私がドレスを出品しているブランド担当や店長と話していた。私の姿を見つけると、すぐに笑顔で迎えてくれる。「初めまして。今回のイベント、あなたの作品がとても好評でした。これからわが社としても新進気鋭のデザイナーを応援したいと思っていてね」 そう言って見せられた書類には、来シーズンの期間限定ポップアップショップの企画案がずらりと並んでいた。そこに、私の名を冠したミニコレクションを展開しないかという提案が書かれていたのだ。「わ、私のコレクションを……?」 一瞬、耳を疑った。けれど、書類を覗き込む店長の瞳は揺るぎない熱を帯びている。「あなたなら絶対にできるわ。頑張りなさい」 そう背中を押す言葉に、心がふるりと震える。今まで夢見てきた“自分のブランド”に、ほんの少しだけ近づいた気がした。
すべての挨拶や手続きが終わり、スタッフたちも撤収し始めた頃、会場はすっかり人気が薄れていた。コーナーのライトが落ち、昼間とは打って変わって静かなホールを歩いていると、待ち合わせしていた彼の姿が見える。 「お疲れさま。すごく素敵だったよ。拍手が鳴り止まなかったね」 彼はそう言いながら、私の手元に視線を落とす。書類の束を抱えているのを見て、何かあったのだと気づいたようだった。 「実は、今回のイベントがきっかけで、ポップアップショップをやらないかって声をかけてもらえて……少し先だけど、夢に一歩近づいたかも」 そう伝えると、彼はまるで自分のことのように喜んでくれた。昔からそうだった。私が小さな賞をとっただけでも「すごいね」って心の底から笑ってくれる――そんな彼のまっすぐな祝福が、今も変わらず胸を温めてくれる。
ただ、その笑顔の奥には、やはり一抹の寂しさがにじんでいた。もうすぐシンガポールへの転勤が正式に決まるからだ。私たちは同じ静岡の街にいながら、心のどこかで離れ離れの時間を意識し始めている。 「これ、もう日程とかは決まったの?」 私は意を決して尋ねてみる。彼は小さく息をつき、うなずいた。 「うん、正式に辞令が出た。二か月後には向こうのオフィスへ行くことになる」 二か月。まだあるようで、あっという間なのかもしれない。胸の奥で小さな痛みがはしる。 「そっか……。でも、いい機会だよね。私も頑張るから、お互いの場所で成長しよう」 精一杯、前向きな言葉を絞り出すと、彼は少し驚いたように私を見つめ、穏やかに笑った。 「ありがとう。そう言ってくれると本当に救われるよ。俺も君の夢がどんどん大きくなるのを、離れた場所からでも応援してる。……もちろん、可能な限り、会いに来るから」
その言葉が何より嬉しかった。お互いが目指す未来は違う方向に伸びているかもしれない。でも、今は離れ離れになっても“私たち”という存在が消えてしまうわけではないのだ。
会場を出ると、夜風が少しだけ冷たく頬をかすめる。だけど、ショーの熱気と、彼の温かい言葉のおかげで心は満ち足りていた。 「そうだ。夜が少し落ち着いたらどこか寄っていかない? コーヒーでも飲みながら、久しぶりに……いろんなことを話したい」 彼がそう声をかけてくれる。迷うことなく、私は笑顔でうなずいた。 「うん、行きたい。今日はいろいろあって、まだ気持ちが追いついてないから、少しゆっくりしたいな」
私たちの物語は、確かにこれから別々の場所を歩むタイミングが来る。でも、“ふたりの交差点”はきっと絶えることなくどこかに存在していて、必要な時にはまたこうして巡り合える。そんな予感が夜空に溶ける街の光とともに、優しく胸をあたためていた。
静岡伊勢屋のショーウィンドウに映る夜の街並みを横目に、私たちは肩を並べて歩く。夢と恋が交錯するこの瞬間が、どこか懐かしく、そして新しい未来の始まりだと信じながら。




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