top of page

静岡伊勢屋 - 「エレガンスプラザの恋 〜ふたりを結ぶ凛とした朝陽〜」

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 6分


ree

 夜の街に雪の気配が混じり始めたころ、私の左手には彼から贈られた指輪が静かに輝いていた。 クリスマスイブ前夜、並木道で交わした約束――あれから幾日かが過ぎ、日々の忙しさの合間でも、その幸福感が解けることはない。毎朝、指先に触れるゴールドのリングを見つめるたび、胸の奥からあたたかな気持ちがこみあげてくるのだ。

 年の瀬が近づき、エレガンスプラザでは初売りや福袋の準備が本格化していた。私は新年のディスプレイを考えながら、スタッフと細かい打ち合わせを繰り返す。 「今年もいろいろあったけど、あなたが東京のポップアップを成功させたり、新作の評判が高まったり……大忙しの一年だったわね」 店長の山口さんが、書類を片手にしみじみと語る。 「はい。でも、まだまだこれからですよ。もっとお客さまの声を拾って、新しいデザインを提案していきたいです」 そう答える私の指先に、さらりと視線を落とした山口さんは、ふと意味ありげににやりと笑った。 「その指輪、やっぱり彼からのプレゼントだったのね。おめでとう。あなたたちが一歩を踏み出したって聞いて、本当に嬉しいわ」

 顔が熱くなるのを感じながら、私は少し照れたように笑う。どうやらスタッフの間でも、私の左手のリングのことはちょっとした話題になっていたらしい。 「ありがとうございます。まだお互いの夢も途中ですけど、ふたりで先のことを考え始めています」 「そう。大丈夫、ふたりならきっと乗り越えられるわよ。大変な時もあると思うけど、あなたたちならね」

 山口さんの言葉に背中を押されるように、私はリングにそっと触れた。彼が日本に滞在できるのは今だけ。年が明ければ、またシンガポールへ戻ることになる。そんな状況でも確かな“未来”を感じられるのは、彼の変わらない想いと、私の中に育った強い気持ちがあるからだと気づく。

 仕事を終えて表に出ると、夜空からかすかに雪が舞いはじめていた。街のイルミネーションがまだ色づいている中、私はスマートフォンを取り出す。彼は明日の昼から用事があり、夜には会えるという話だったが――メッセージの着信がないか、少しそわそわしてしまう。 見上げた夜空は、凜とした冬の気配に包まれている。一段と冷え込んできた空気が頬をかじるようだ。でも、心の中は不思議と穏やかだった。

 「お疲れさま。今日は寒いね」 不意に聞こえた声に驚いて振り返ると、コートの襟を立てた彼が店の入り口で私を待っていた。思わず胸が高鳴る。 「どうしたの? 明日の夜に会うんじゃなかった?」 彼は苦笑しつつ、手のひらで小さく息を温めるような仕草を見せる。 「予定が早く終わってさ。少しでも君に会いたくて、来ちゃった」

 そう言われると、表情をうまく隠せないくらい嬉しい。手を伸ばすと、彼の指先もすっかり冷えきっていた。 「じゃあ、せっかくだから近くで温かいものでも飲んでいこう? 外は寒いしね」

 私は彼のコートの袖口を軽く掴み、小走りで人気の少ない路地を抜ける。少し離れた場所にある小さなカフェ。昼間は混みあうのに、夜はひっそりとした静けさが心地いいのだ。

 カフェの扉を開けると、すでに店内は閉店間近のようで、お客さんはほとんどいなかった。ちょうどいいタイミングだ。店員さんに会釈をして、窓際の席に腰を下ろす。 小さなライトがテーブルを柔らかく照らし、クリスマスから残されたポインセチアの鉢植えが可愛らしく揺れている。彼がホットチョコレート、私がジンジャーティーをオーダーすると、カップから立ちのぼる湯気が冬の夜の冷たさをほどいてくれるようだった。

 「静岡の夜は、東京ともシンガポールとも違って、なんだかほっとするんだよな」 彼は窓ガラスの向こうを眺めながらつぶやく。通りには人影もまばらで、時折タクシーのライトが通り過ぎるだけ。そんな穏やかな景色こそが、私たちの生まれ育ったこの街の良さなのだろう。

 「年が明けたら、またしばらく離れ離れだね。でも、前ほど寂しさばかりじゃない。きっとまた繋がっていられるって信じられるようになったから……」 カップを両手で包みながら、私は自然と微笑んだ。彼も同じように小さく笑って、テーブル越しに私の手の甲に触れる。 「うん、離れていても気持ちは繋がってる。でも……やっぱりできるだけ早く、こっちに戻る道を探したいって思ってるんだ。俺がいない間も君が頑張ってる姿を見てきたし、今度は俺ももっと近くで支えたい」

 彼の言葉に、ほんのりと胸が温かくなる。指輪の存在を思い出すと、指先がじんわりと熱を帯びる感覚がする。 「私も、いつかはあなたと暮らしながら、自分のブランドも大切に育てていきたい。まだ私も中途半端かもしれないけど、きっと両立できるって、最近は思えるんだ」

 そう言い合える今が、心から幸せだった。クリスマスイブの夜に指輪を交わしたときの感動が、まるでずっと消えない花火のように胸に灯り続けている。

 やがて店員さんが控えめに「ラストオーダーは終わりになります」と告げてくれた。名残惜しいけれど、私たちは席を立ち、カフェを後にする。外に出ると、さっきよりも雪が強まり、ふわりふわりと街灯の下を踊っているようだった。 「わあ、積もるかな。静岡でこんな雪になるのは珍しいのに……」 口元に手を当てて見上げる私に、彼は小さく笑みをこぼす。 「そうだね。冬らしい雰囲気だ。……送っていくよ。明日も朝早いんだろう?」 腕時計を確認する彼の横顔は、どこか残り少ない滞在時間を惜しむようでもあった。

 歩き出すと、雪の結晶がコートの上で儚く溶けていく。傘のないふたりは、肩を寄せ合いながら静かに並木道を進んだ。イルミネーションはもうほとんど消されているけれど、雪明かりに照らされる夜の街には、別のやさしさが広がっているように見える。

 「……なんだか、今年は本当にいろんなことがあったね。東京のポップアップとか、あなたが海外から何度も足を運んでくれて……こうして指輪をもらって、未来の話をして」 その一つひとつの思い出が、宝石みたいにキラキラと頭の中で弾けている。彼は黙って私の話に耳を傾け、最後に深く息を吐いた。 「そうだね。でも、ここがゴールじゃない。むしろスタートだと思う。離れている時間があるとしても、俺たちは一緒に未来を紡いでいける。……何があっても、大丈夫だから」

 私たちの声は白い息になって宙に溶ける。思わず立ち止まり、凛とした夜気の中で見つめ合うと、微かな雪の音まで聞こえてきそうなくらい世界が静まるようだった。

 「大好きだよ」 彼が口を開くより先に、私の方からその言葉がこぼれ落ちる。嬉しそうに瞳を見開いた彼は、やがて柔らかな笑みをたたえて、私の頬をそっと包んだ。

 「会えない時も、その一言を胸に頑張れる。ありがとう。俺も……君のことが大好きだ。いつか本当に一緒になれる日まで、この想いはずっと変わらないから」

 舞い降りる雪が、街灯の光に照らされて銀の粒になっていく。その下で交わした微笑みと誓いは、きっと雪解けの朝を経ても色褪せないだろう。

 翌朝、目を覚ますと、窓の外には思ったよりも薄っすらと雪が積もっていた。カーテンを開けると、冷たい朝陽が差し込み、白い景色が目に飛び込んでくる。 その眩しさに目を細めながら、左手の指輪をそっと見つめる。これから先、また遠距離になる時間は長いかもしれない。だけど、この輝きは私たちの“本物の想い”を映している。

 “エレガンスプラザの恋”は続いていく。静岡の街で育まれた夢と愛が、凛とした朝陽を受けながら、確かにこれからの道を照らしてくれるのだ。いつか来るあたたかな春の日に、もう一度ふたりで並んで笑うために――。

 私は静かに胸を張り、雪の残る通りへと足を踏み出した。冬の冷たい空気が頬を刺すけれど、それ以上に心は燃えるように温かかった。

コメント


bottom of page