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はじめに(当ブログについて)
山崎行政書士事務所は、
事業の「はじめる」「続ける」「育てる」各段階で生じる
法律・手続きに関する課題をサポートする行政書士事務所です。
許認可申請、契約書の作成・チェック、各種相談、
個人情報保護への対応、事業承継、知的財産の登録支援など、
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新規開業や事業拡大の場面で避けて通れない
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専門的な知識と実務経験をもとに支援しています。
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当ブログでは、
動画や記事を通じて 山崎行政書士事務所の考え方や取り組みを
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小説・フィクション形式の記事も掲載しています。
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線の字
朝の風が、軒下の貝殻を起こした。 ちい。 ちい。 眠った音。 眠った音は、刺さらない。 刺さらない音は、家の中の角を丸くする。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 軒の先――燕の巣の前に張った貝殻の糸が、風で小さく揺れている。 揺れるものは、不安も揺らす。 でも、揺れるものは、守りも揺らす。 父が、その糸の“端っこ”を指でなぞっていた。 なぞる指は荒くない。 荒くないのは、息が通っている指だ。 父がぽつり。 「……糸、ゆるんだな」 ゆるんだ。 ゆるむのは、悪いだけじゃない。 でも、守りの糸は、ゆるみすぎると隙になる。 父の肩が、風の音でふっと上がりかけて――止まった。 止まった「間」に、幹夫は息を入れた。 ――いき。 父が口の中で小さく言った。 「……風の音だ」 名前を置く。 置けると、音は音のままで座る。 ふう……。 父は糸をいきなり引っぱらない。 引っぱると結び目が固まる。 固まると、解けなくなる。 解けなくなると、胸も固まる日がある
山崎行政書士事務所
2月18日読了時間: 10分


守の字
朝の軒下は、潮の匂いがまだ眠ったまま座っていた。 眠った潮は、冷たいのに刺さらない。 ちち、ちち。 燕の声が、巣の奥から小さく漏れてくる。 漏れてくる音は、家の中の“やわらかいところ”を起こす。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 そのとき、燕の声とは違う音が、屋根の端に落ちた。 カァ。 黒い声。 黒い声は、光より先に胸へ来る。 幹夫の胸の奥が、ぽん、と鳴った。 鳴ったから、息。 ――いき。 見上げると、軒の先――守りの網のすぐ外に、烏が止まっていた。 目が、巣のほうを見ている。 見る目が、丸くない。 “狙う”目だ。 幹夫の喉の奥が熱くなった。 熱いと走りそうになる。 走る前に、息。 ――いき。 「……だめ」 声は小さい。 小さいのに、胸の中で必死だ。 烏がもう一度鳴いた。 カァ。 父の肩が、家の中でふっと上がりかけた。 上がりかけて――止まる。 止まった「間」に、幹夫は父の背中を見る。 父は縁側の端から出てきて、烏を見た。 見
山崎行政書士事務所
2月18日読了時間: 9分


許の字
朝の台所は、味噌の匂いがいちばん先に起きていた。 湯気は白くて、白いのに刺さらない。 白い湯気は、胸の奥の角をそっと丸くする。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 袋の口の蝶結びは、きのうより少しだけほどよく揺れていた。 ほどよい、って、たぶん“許されてる”揺れ方だ。 ぎゅっと縮んでない。 抜けないのに、息が通る。 台所から、母の声が落ちた。 「みき、汁運ぶかい? 熱いでな、ゆっくりだに」 運ぶ。 運ぶって言葉は、胸の中でちょっとだけ背伸びする。 背伸びすると、うれしい。 うれしいと、走りそうになる。 走る前に、息。 ――いき。 「……うん。……ゆっくり」 母は椀を両手で持って、いったん置き布の上に置いた。 置いてから、幹夫の手のひらの位置を確かめる。 「ここ、受け皿にして。掴まん。……置く手だに」 置く手。 受ける手。 幹夫は椀を持ち上げる前に、指の腹でふちをそっと触った。 熱い。 熱いときは、急がない。 急ぐと、胸も手も暴れる。 ――いき。
山崎行政書士事務所
2月18日読了時間: 10分


解の字
朝の光は、昨日より少しだけ薄かった。 薄いのに、冷たくない。 冷たくない薄さは、胸の奥の角をそっと丸くする。 縁側の端で、幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 袋の口に結んだ麻紐の蝶結びが、今日は少しだけ固い顔をしていた。 きのうは、ほどよく揺れていたのに。 たぶん、夜のあいだに、布団の中で押されて、結び目が小さく縮んだ。 縮むと、ほどけにくい。 ほどけにくいと、胸も少しだけ縮む。 幹夫は、結び目を引っぱりそうになって――止まった。 止まった「間」に、息を入れる。 ――いき。 母が台所の境目から、湯気の匂いを連れて言った。 「みき、結び、固いかね」 幹夫は、すぐ「うん」と言う前に、指で結び目の端っこをそっと撫でた。 撫でると、糸が怒らない。 怒らないと、ほどける道が見える。 「……ちょっと、固い」 母は笑わない笑いで言った。 「固いときは、引っぱらん。……端っこを探して、息だに」 端っこ。 端は、逃げ道。 逃げ道があると、心は潰れない。 父が縁側の端から顔を出して、
山崎行政書士事務所
2月18日読了時間: 11分


結の字
朝の空気は、昨夜の糸の匂いをまだ少し持っていた。 糸の匂いは、音じゃないのに――胸の奥の“ほどけたところ”を撫でる。 幹夫は机の上の鉛筆を握った。 竹の添え木。 糸の結び目。 白い継ぎ目は消えない。 でも、白さはもう「こわい白」じゃなくて、 続いた白 に見えた。 ――いき。 鉛筆の先で、新聞紙の端に小さく書く。 ま 書けた。 書けると、胸の奥がすとん、と座る。 母が台所の境目から、湯気の匂いを連れて言った。 「みき、今日はそれ持ってけ。……直したってのは、守りだに」 守り。 守りは、閉じることじゃなく、続けること。 父が縁側の端で、作業着の袖口を指でなぞった。 返し縫いのところ。 戻って固めた縫い目。 父がぽつりと言った。 「……正夫の鉛筆、返すんだろ」 幹夫の胸が、ぽん、と鳴った。 鳴ったから、息。 ――いき。 「……うん。……借りた。……ありがとう、言った」 父は少し間を置いて、ふっと息を吐いた。 ふう……。 「……言えたの、えらい」 えらい。 父の“えらい”は、押しつけじゃない。 小さく置いてくれる“えらい”だ。
山崎行政書士事務所
2月18日読了時間: 9分


続の字
竹を継いだ鉛筆が、朝の光の下で少し白く見えた。 白いのは、削れた木肌じゃなくて―― 継ぎ目のところ だった。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 鉛筆を握ると、いつもより指に“ひっかかり”があった。 継ぎ目の竹が、ほんの少しずれている。 ずれは小さい。 小さいのに、手は敏感に気づく。 気づくと、胸も気づく。 ぽん。 胸の奥が鳴った。 鳴ったから、息。 ――いき。 母が台所の境目から、湯気の匂いを連れて言った。 「みき、学校だに。鉛筆、落とすなよ。……今のは、落とすと折れやすい」 折れやすい。 その言葉が、継ぎ目の白さをもっと白くした。 父は縁側の端で、作業着の袖口を指でなぞっていた。 返し縫いのところ。 戻って固めた縫い目。 縫い目は“続く形”に見える。 父が鉛筆をちらりと見て、ぽつりと言った。 「……短くなったな」 短い。 短いのに、ここまで来た。 ここまで来た、が好きだ。 幹夫は継ぎ目を指でそっと押さえた。 押さえると、ずれが少し戻る。
山崎行政書士事務所
2月18日読了時間: 10分


果の字
朝の光は、まだ浜へ行く前の顔をしていた。 行く前の光は、少しだけ硬い。 硬いのに、嘘はつかない。 ちゃぶ台の端の「まちばこ」は空っぽだった。 空っぽは、来る場所。 今日は、手紙じゃなく―― 父が戻ってくる のを待つ場所みたいに見えた。 幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 父は作業着の袖口を指でなぞった。 返し縫いのところ。 戻って固めた縫い目。 縫い目は、約束の“抜けない感じ”に似ている。 父がぽつりと言った。 「……昼まで、だ」 昼まで。 昨日、父が外の人に言った“量”。 量が決まっていると、胸が潰れにくい。 母が台所の境目から、湯気の匂いを連れて言う。 「昼までだに。……終わったら、浜。忘れんでよ」 忘れんでよ。 責める言い方じゃなく、糸を結び直すみたいな言い方。 父の肩がふっと上がりかけて――止まった。 止まった「間」に、父は自分で息を吐いた。 ふう……。 「……忘れん。……行く」 短い。 短いのに、落ちない“行く”。 幹夫の胸の奥が、ぽん、と鳴った。 鳴
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2月17日読了時間: 10分


約の字
朝の空気は、まだ昨夜の「待ち方」を少しだけ含んでいた。 黒い布を畳んだ指の温度が、畳の目に残っているみたいで――家の中が、すこし静かに“座って”いた。 ちゃぶ台の端の「まちばこ」は、空っぽだった。 空っぽは、来る場所。 来る場所が空っぽのままだと、胸の中にも“余地”が残る。 幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 縁側の端で、父が紐を指に巻いていた。 網の紐より細い。 細いのに、指にくっつく。 くっつくと、ほどけにくい。 父の指先が、結び目のところで止まる。 止まるとき、胸の中で何かが引っかかっていることがある。 母が台所の境目から、湯気の匂いを連れて言った。 「父ちゃん、今日の午後……“約束”だに」 約束。 その二文字が、空っぽのまちばこの上に、見えない重さで置かれた気がした。 父の肩が、ふっと上がりかけて――止まった。 止まった「間」に、幹夫は息を入れた。 ――いき。 父が口の中で小さく言った。 「……広場、か」 母が頷く。 「うん。……柵の件で、また集まるって。
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2月17日読了時間: 9分


答の字
朝の光は、昨夜の黒い布をもう怖がっていない顔で、畳の目に落ちていた。 落ちる光は鳴らない。 鳴らないのに、胸の奥をそっとほどく。 母が窓の黒布を外す。 ぱさ。 柔らかい音。 父は布を畳みながら、いちど手を止めて――息を吐いた。 ふう……。 「……夜、長かったな」 長かった、と言えると、終わったことが形になる。 形になると、胸の中の“もや”が少し座る。 ちゃぶ台の端の「まちばこ」は、今朝も空っぽだった。 空っぽは、来る場所。 でも今日は、来ない空っぽが、ちょっとだけ寂しく見えた。 幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 父が、まちばこをちらりと見て、ぽつりと言った。 「……まだ、だな」 まだ。 待の夜で覚えた“まだ”。 母が急がせない声で言う。 「まだだに。……でも出したら、もう半分届いとる。あとは箱と道がやるだに」 箱と道。 街のまちばこ。 赤いポスト。 祖母が鍋の向こうで淡々と言う。 「道ぁ腹で歩け。……腹が土台だに。さ、食え」 飯の匂いが、太い道を部屋の真ん中
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2月17日読了時間: 9分


待の字
夕方の光は、昼の顔をもう脱ぎかけていた。 脱ぎかけの光は、家の角をやわらかくする。 ちゃぶ台の端の「まちばこ」は、今日も空っぽだった。 空っぽは、来る場所。 でも今日は、来るものを待つ空っぽじゃなくて―― 来ないもの を待つ空っぽに見えた。 幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 戸口の外で、足音が止まった。 止まる足音は、話を持ってくる足音だ。 とん、とん。 母が急がせない声で返す。 「はーい」 戸が少し開いて、外の匂いが入る。 潮の匂いに混じって、土の匂いがいつもより濃い。 土が濃い日は、胸がじっとする。 組の男が、帽子の影から小さく言った。 「……清水のほう、警戒(けいかい)だに。今夜、灯(ひ)落とせって」 灯を落とせ。 その言葉が、畳の上に落ちた瞬間、家の空気が一段だけ冷えた。 父の肩が、ふっと上がりかける。 上がりかけて――止まった。 止まった「間」に、幹夫は袋を押さえて息を入れた。 ――いき。 母は、声を尖らせない。 「わかっただに。……ここはサイレン
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2月17日読了時間: 9分


届の字
朝の家は、きのうのはがきの匂いを、まだ少し持っていた。 紙の乾いた匂い。 乾いた匂いは、胸の奥を少しだけ固くする日がある。 ちゃぶ台の端の「まちばこ」は――今日は、空っぽじゃなかった。 小さい板の上に、返事のはがきが一枚、置いてある。 置いてあるだけで、箱が“来る場所”から“行く場所”へ変わる。 幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 父が縁側で、はがきを見ていた。 見るだけで、まだ触らない。 触らないのは怖いからじゃなく、順番のため。 父の懐から、丸い角の札が出てきて、ちゃぶ台の端にそっと置かれた。 とん。 小さい音。 小さい音は眠る。 父が低く言った。 「……ま」 母が台所の境目から、湯気の匂いを連れて言った。 「今日は出しときな。……返事は、出したら届く。出さんと、箱の中で重くなるだに」 重くなる。 溜めた言葉の重さ。 溜めると、肩が上がる日がある。 父の肩が、ふっと上がりかけて――止まった。 止まった「間」に、幹夫は息を入れた。 ――いき。...
山崎行政書士事務所
2月17日読了時間: 9分


信の字
朝の道が、ひとつだけ鳴った。 ちりん、ちりん。 自転車の鈴。 蒲原の道は、潮と砂と鉄の匂いの上に、こういう鈴が時々落ちてくる。 幹夫は縁側のふちで、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 鈴の音が近づくと、父の肩がふっと上がりかけた。 上がりかけて――止まる。 止まった「間」に、幹夫は息を入れた。 ――いき。 父が口の中で小さく言った。 「……鈴の音だ」 名前を置く。 置けると、音は音のままで座る。 ふう……。 母が台所の境目から、急がせない声で言った。 「郵便だに」 郵便。 その言葉だけで、ちゃぶ台の端の「まちばこ」が急に“箱”らしく見えた。 いつも空っぽの、来る場所。 来る場所が、今日はほんとに来る場所になる。 ――いき。 戸口が小さく鳴る。 とん、とん。 母が返事をして戸を開けると、外の匂いと一緒に、紙の匂いが入ってきた。 紙の匂いは、乾いた匂い。 乾いた匂いは、胸を少しだけ固くする日がある。 配達の人が、帽子の影から顔を出して、短く言った。 「郵便。…
山崎行政書士事務所
2月17日読了時間: 9分


頼の字
朝の風が、軒下を急がせていた。 急ぐ風は、音を連れてくる。 ぱた、ぱた、ぱた。 燕の巣の前の“守りの網”が、軽く揺れている。 揺れるだけならいい。 でも今日は、揺れが少し尖っていた。 尖ると、網の結び目も忙しくなる。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 父はもう外に出ていた。 網の端の結び目を見て、指先で“ま”を探している。 探し方が、荒くない。 荒くないのは、息が入っている手つきだ。 父の肩が、風の音でふっと上がりかける。 上がりかけて――止まる。 止まった「間」に、幹夫は息を入れた。 ――いき。 父が口の中で小さく言った。 「……風の音だ」 名前を置く。 置けると、音は音のままで座る。 ふう……。 父は結び目を引っぱらない。 いきなり締めると、守りが罠になる。 罠は、息を止める。 父は、結び目のそばに小さく残した“余地”へ、指を入れて―― 入れたまま、ほんの少しだけ戻す。 戻すと、結び目が怒らない。 そのとき、風が強くなって、網がぱた、
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2月17日読了時間: 9分


謝の字
朝の海は、きのうより少しだけ白かった。 白いのに、冷たくない。 冷たくない白は、胸の奥の角を丸くする。 ちゃぶ台の端の「まちばこ」は、今日も空っぽだった。 空っぽは、来る場所。 来る場所があると、胸の中にも余地ができる。 幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 縁側の端で、父が何かを探していた。 探し方が、荒くない。 荒くないけれど、手が同じところを何度も触っている。 “ここにあるはず”の触り方。 父がぽつりと言った。 「……布……どこだ」 布。 会うときの布。 戸口に敷く布。 幹夫は、胸がぽん、と鳴った。 鳴ったから、息。 ――いき。 「……父ちゃん、布、なくなった?」 父は一瞬だけ眉の間を寄せて、それから、寄ったままでも刃にならない声で言った。 「……おきぬさんの家の前に……敷いた。……たぶん、置いてきた」 置いてきた。 置いたはずのものが、戻ってこない。 “戻らない”は、胸を走らせる日がある。 父の肩がふっと上がりかけて――止まった。 止まった「間」に、幹夫は袋
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2月17日読了時間: 9分


返の字
朝の台所は、 だし の匂いでいっぱいだった。 薄いのに、芯がある匂い。 匂いは音じゃないのに、胸の奥をそっと叩く。 母が鍋のふちを箸で軽く叩いて、味を見る。 とん。 小さい音。 小さい音は眠る。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 便りの箱の横の貝殻の受け皿には、昨日の麻紐の蝶結びの切れ端が、丸く座っていた。 丸いものが座っていると、心も座る。 母が言った。 「おきぬさんの干し魚、ええ匂いだに。……汁にしたら、返し(かえし)になる」 返し。 その言葉で、幹夫の胸の奥がぽん、と鳴った。 鳴ったから、息。 ――いき。 縁側の奥で、父の手が止まった。 父は網の糸をほどいていたのに、糸が途中で止まる。 止まるときは、胸が先に動くことがある。 父がぽつりと言った。 「……返し、って……もらった分、返すってことか」 母は否定しない声で頷いた。 「うん。……でもな、同じ形で返さんでええ。汁にして、家の匂いにして返すだに。返すのは物だけじゃない。言葉も、顔も
山崎行政書士事務所
2月17日読了時間: 9分


受の字
朝の軒下は、昨日より少しだけ静かだった。 静か、というより―― 息が通っている 静か。 燕の巣の前に下げた網が、風でふわりと揺れる。 揺れても鳴らない。 鳴らない揺れは、胸を走らせない。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 貝殻の受け皿の欠けたほうが、便りの箱の横で、少し光っていた。 昨日の白い糸の輪――燕の足からほどいた“解けた印”が、その上で丸く座っている。 丸いものが座っていると、心も座る。 ――いき。 そのとき、戸口が小さく鳴った。 とん、とん。 音が小さい。 小さいのに、境目の音は胸に届きやすい。 幹夫の胸がぽん、と鳴って、息をひとつ入れる。 ――いき。 母が台所の境目から、急がせない声で言った。 「はーい」 戸が開くと、潮の匂いと一緒に、外の人の匂いが入ってきた。 外の人の匂いは悪くない。 ただ、家の中の匂いじゃない。 そこに立っていたのは、おきぬさんだった。 胸のところに、灰色の猫を抱いている。 猫の耳が少し寝ていて、目だけ
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2月17日読了時間: 9分


許の字
朝の軒下は、昨日より少しだけ静かだった。 静か、というより――“息が通っている”静か。 燕の巣の前に下げた網が、風にふわりと揺れている。 揺れても鳴らない。 鳴らない揺れは、怖くない。 幹夫は縁側のふちに座って、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 巣のへりに燕がちょこんと止まり、網の“すきま”を確かめるみたいに首を傾げた。 それから、すっと中へ入る。 すっと、は刺さらない動き。 幹夫の胸の奥が、すとん、と座った。 座ったから、息。 ――いき。 そのとき。 がさっ。 縁側の下で、硬いものが引っかかる音がした。 硬い音は、胸の奥の硬いところを呼びやすい。 幹夫の肩が、ふっと上がりかける。 上がりかけて――止める。 ――いき。 覗き込むと、灰色の猫が、網に前足をひっかけていた。 爪が網目に絡んで、猫の体が半分浮いている。 浮いているのに、暴れる。 暴れると、網がきゅっと締まっていく。 猫が、声を出した。 にゃあ、にゃあ。 声が尖る。 尖る声は、胸を走らせる。...
山崎行政書士事務所
2月17日読了時間: 10分


守の字
朝の軒下は、昨日までと同じ顔をしているのに、どこか新しい匂いがした。 濡れた木と、潮と、乾きかけの土。 それから――羽。 ばさ、ばさ。 幹夫は縁側の板をそっと踏んで、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 軒の影に、燕が居た。 昨日の燕か、別の燕か、幹夫には分からない。 でも、飛び方が軽い。 軽い飛び方は、生きてる飛び方だ。 燕は巣のへりにちょこんと止まって、首を小さく振った。 振るたび、喉の奥から小さい声が漏れる。 ちち。 音が小さい。 小さいと、胸が走らない。 走らないと、見守れる。 幹夫は、巣の下に敷いた布を見た。 昨日、父が敷いた布。 何も落ちていないのに、布があるだけで、軒下が“守られてる場所”に見えた。 ――いき。 そのとき、庭の端で、もう一つの音が立った。 にゃあ。 猫の声。 柔らかいのに、背中が立つ声。 猫は悪くない。 ただ、猫の腹も、燕の羽も、どっちも生きてる。 幹夫の胸が、ぽん、と鳴った。 鳴ったから、息。 ――いき。 縁側の下の影から、灰色の
山崎行政書士事務所
2月17日読了時間: 9分


解の字
朝の軒下で、音が急いでいた。 ばさ、ばさ、ばさ。 小さいのに、逃げる音。 逃げる音は、胸を走らせる。 幹夫は縁側のふちに手をついて、首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 息をひとつ入れて、音のほうを見る。 軒の影に、燕(つばめ)がぶら下がっていた。 脚に、細い糸が絡んでいる。 糸は白くて、朝の光を少しだけ返して、余計に細く見えた。 燕は、羽をばたつかせるたび、糸がきゅっと締まって、また足が引かれる。 引かれると、声も出せない。 幹夫の喉の奥が熱くなった。 熱いと走りそうだから、もう一度息を入れる。 ――いき。 「母ちゃん……!」 声が尖りそうになって、途中で小さくした。 「……つばめ……」 母が台所の境目から出てきて、燕を見ると、眉がほんの少し寄った。 寄るのに、刃にならない。 「糸だに……どっから絡んだ」 祖母が鍋の向こうで淡々と言う。 「慌てるな。……鳥ぁ軽い。軽いもんほど、締まる」 締まる。 その一言で、幹夫の胸がきゅっとした。 だから、息。 ――いき。...
山崎行政書士事務所
2月17日読了時間: 8分


結の字
朝の富士は、雲のふちだけ白くて、あとは薄い灰色に溶けていた。 溶けていると、近いのに遠い。 遠いと、心が急がない。 ちゃぶ台の端の「まちばこ」は、今日も空っぽだった。 空っぽは、来る場所。 来る場所があると、胸の中にも余地ができる。 幹夫は首の布の袋を掌で押さえた。 揺れても鳴らない石。 鳴らないのに、ちゃんと重い。 ――いき。 縁側に出ると、父が網の横で、縄を指に巻いていた。 縄は乾いていて、少しざらざらする。 ざらざらは、痛い日もあるけど、今日は“働くざらざら”だった。 父の膝の上には、昨日直した網。 目が揃っている。 揃っていると、呼吸も揃いやすい。 父がぽつりと言った。 「……今日は、これ、持ってく」 網を持ってく。 “持ってく”が言えると、外へ行くのが怖いだけじゃなくなる。 幹夫の胸の奥が、ぽん、と鳴った。 鳴ったから、息。 ――いき。 「……父ちゃん、浜?」 父は縄を指でならしながら、小さく頷いた。 「……浜。……でも、端でいい」 端。 逃げ道のある場所。 父が自分で端を選べるようになったことが、幹夫には嬉しかっ
山崎行政書士事務所
2月17日読了時間: 8分

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